第20話 杏奈の知らない世界

 瑛太と出会って直ぐの頃、杏奈は彼の所へ遊びに行くと、「一緒に行こう!」と彼女を誘った。


 その場所は寺社だった。杏奈の今までその目的では踏み入れた事のない空間に彼女は躊躇していた。最初は苦痛でしかなかった。しかし、瑛太やその周りの人を見ている内に、杏奈はこんな世界もあるのかと思うようになった。


「私、参拝をする為だけに神社やお寺に行く事などなかった人生だった」

「無理して俺に付き合う事はないからね。杏奈は今のお母さんで、自分がやりたい事をしているのが一番だよ。俺だったその世界の事は知らない訳だしさ!」

「私は男って言ったら夜の世界で知り合う事しかなかったから」

「この神聖な空間で森林浴を浴びて、厳かな気持ちにさせてくれる神社や寺院が好きなんだ」


 またある日。

「映画を観に行こう!」

「何を観るの?」

「海猿だよ」

「えっ?」

「自分の命を賭けて、他人を助ける人たちの映画。俺は既に一回見たんだけどさ。感動したから杏奈にも見せたくて」

「映画なんか見に行った事ないよ」

「ま、行ってみれば分かるよ」


 瑛太は映画を観ている間中、涙を流し、鼻水を啜っていて終わると、「恥ずかしいね。前回も同じ場面で号泣してさ」と言って苦笑しながら頭を掻いた。この彼の姿を見た杏奈は彼が保育士になった理由が見えて来て、更に彼を好きになって行った。


 今までの杏奈の周りには居なかったタイプの男性だった。「他人に優しく接し、他人を幸せにする人」という彼のスタンスを尊敬し出していた。寺社と映画。瑛太の世界は杏奈にもまた新鮮だった。お互いの世界を魅力的に感じる二人で距離感の接近はこうしてもたらされた。

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