第41話 生まれた気持ち

「なになにー? ハヅキとお買い物? 僕も一緒に行きたい!」


子どものようにメーオが駄々をこねた。


「メーオ様。庶民の街に行くのです。ハヅキもアイテムボックス持っていますし、私もマジックバッグを持っています。護衛なら私で十分ですから、メーオ様は『カワウソ亭』でお休みになってください」


 ポームメーレニアンは宥めるように言った。


「でも、ポームメーレニアンも行くんでしょ? だったら僕も行きたい!」


 メーオは潔癖気味でなければ床に寝ころびバタバタとしたい気分だったが、地団駄を踏むにとどまった。ポームメーレニアンは溜息をつきながら上司を見る。


「メーオ様はハヅキと同じ四十三歳なんですよね。もう少しご冷静になっていただけると助かります」


「何言ってんの若造が。僕はいつも冷静だよ。ポームメーレニアンだって立場をわきまえて引くことを覚えないとね」


 その時、サメートが静かに間に入り、二人を宥めるように言った。


「ここは二人とも冷静になって話し合いましょう。ハヅキとメーオ様、ポームメーレニアン様が共に行くことで、安全かつ穏やかに過ごせるはずです。ポームメーレニアン様が護衛として同行していただければ、メーオ様も安心して買い物ができるでしょう」


 二人のやり取りに面倒臭くなった葉月は、サメートの案に飛びついた。


「さっ。じゃあ、三人でお買い物行きましょう!」 


 歩いて十分程度の商店街に行くだけだ。さっさと済ませて仕事を済ませてしまいたい。明日はペーンの治療日だ。万全の体調で臨みたい。葉月は前掛けを外すとタオに買い物に行くことを告げる。


「ワシもついて行こうかのう?」


「いいの。メーオ様もいるし、ポメ様が護衛もしてくれるんだって。どこの要人だって言いたくなるよね……。さっさと済ませて帰ってくるから」


 タオに気の毒そうな顔で見送られて出かける。商店街にはすぐ着いた。ハヅキに合ったサンダルと少しだが痩せたのでフットワークが軽い。


「ハヅキー。どこのお店に行くの?」


「揚げパンの屋台と、お肉屋と八百屋。時間があったら装備品が買えるお店に行きたいと思ってたけど、また今度にします」


 今日はなるべく早く帰りたい。こんな二人を連れてゆっくり買い物などできない。揚げパンの注文をした後、肉を買いに行く。約束通りポームメーレニアンは葉月が遠慮なく注文した大きな肉の塊や、様々な部位の肉を購入してくれた。


「わあ、ポメ様。こんなに良いんですか?」


「ああ。皆大食漢だからな」


 牛肉料理のレパートリーを頭の中で検索する。考えるだけでも幸せな気分になる。


「バーリック様から経費はきちんともらっているのに、差し入れなど……」


 メーオからお小言が降ってくる。メーオは葉月の料理が気に入っているようなのでちょっと脅してみる。


「メーオ様は明日牛魔獣の煮込みはいらないんですね? トロトロで柔らかーいお肉なのに。私、メーオ様の分も食べて良いですか?」


「いや、絶対食べるよ! ハヅキが作ったのは全部美味しいよ。ところで、何か隠し味を入れているのかな? 媚薬とか惚れ薬とか、禁止魔法薬とか?」


 メーオはかわいらしく聞いてくるが、内容は物騒だ。


「そんな訳ないでしょ! 愛情はいっぱい入れてるけど、魔法薬なんか入れてないからね!」


 我ながら臭い言葉を吐いたけど、ポームメーレニアンは喜んでいるようだ。


「やはりハヅキの手料理は愛情の味付けが抜群なのだな」


「ふむ……。言葉の力で魅了のような効果を付与しているのか?」


「だから、そんなこと……え? 私、どこかの聖女みたいに無意識に魅了を……」


 メーオは残念そうに葉月に伝える。


「そう思って調べてみたけど違ったんだよね」


 いつの間に……。そうか、私って監視対象なんだよね。ポームメーレニアンが少し落ち込んだ葉月に気付き、慰めてくれる。

 

「私は、ハヅキの食事に魅了がかかっていても、これ以上魅了されることが無いくらい魅了されているから大丈夫」


「ふふっ。ポメ様渾身の冗談は甘いですね~」


 メーオの前をキャッキャウフフとはしゃぐ二人を見たメーオは、初めて感じる感情に戸惑っていた。葉月とポームメーレニアンが楽しそうに話している姿を見て、胸の奥がチクチクと痛むのを感じた。今まで感じたことのないこの感情に、メーオはどう対処すればいいのかわからなかった。


 なんだ、この気持ちは…! と心の中で呟きながら、メーオはその場を離れることにした。怒りと混乱が入り混じった表情で、先に帰ることを決めた。


 ポームメーレニアンと葉月は、メーオの様子に気づかず、楽しそうに話し続けていた。メーオはその光景を背にしながら、初めての気持ちに心を揺さぶられ、複雑な思いを抱えたまま帰路についた。

 

 その晩、メーオは夕食の場に来なかった。見張りの兵士に酒を自室に運ばせたようだ。何も食べずに飲酒するのは体に悪い。葉月は心配になりメーオの部屋を訪ねた。ノックをしてみる。返答はない。


「メーオ様。晩御飯食べなかったから、具合悪くなってませんか? 明日、私、すごい治癒魔法見せますよ。二日酔いだったらよく見れないですよー。豆もやしのスープ作ってきたから食べませんか?」


 ゆっくりドアが開く。酒臭いメーオがいた。いつもは自信に満ち溢れていて尊大なイメージなのに、今は何か濡れた捨て猫感を出している。葉月が部屋に入ると、倒れ込むように椅子に深く座り込む。


「僕、どうしたら良い?」


「?」


「どうしたら良いか知らないんだ……」


 葉月はメーオの前のテーブルに豆もやしのスープと小さい俵型のオニギリ二つと温かい麦茶がのった盆を置き、よいしょとメーオの隣にもう一つの椅子を持って行って座る。小さな部屋に合わせた椅子は簡素で古い。キシリと軋みながら、メーオの近くに置かれた。そして葉月は大きい手で、メーオの頭を撫でてやる。


「え……」


 メーオは驚いて葉月を見る。


「私、気の利いた言葉も言えないし、どうしたら良いかなんて知恵もありません。でも、メーオ様が困ったり悩んだ時は隣にいてあげます。ね。だから、元気だしてください」


 その無垢な笑顔にメーオは救いを求めた。葉月は皆に優しいのだが、メーオは葉月が自分だけのために食事を作り運んでくれたことが嬉しかった。昼間から自分を悩ませた気持ちが嫉妬だと初めて気づき、心の中で認めた。葉月の大きなふくふくした丸い手に頬を摺り寄せた顔はすっかり力が抜けていた。メーオはパッと顔を上げ、葉月に向かって心からの笑顔を見せた。


「元気出た! お腹すいた。二日酔いしたら、ハヅキの魔法が見られない! 明日、朝のうちに治療するんだったね。ご飯、ありがとう。早速いただくよ」


 葉月のオニギリはメーオの好物になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る