第42話 癒しの光と献身の代償
今日はペーンの治療の日だ。神官たちが朝から『カワウソ亭』に集まっている。前日から食堂を治療に使えるようにテーブルを壁際に寄せ椅子をその前に並べた。寝台だと落ちるといけないので布団を床に直に置き、それを中心に据え葉月が座る藁の丸い座布団を置く。前回を踏まえ大きめのタライも準備し嘔吐対策もばっちりだ。葉月がすぐ休めるように寝椅子も準備した。ペーンの事は気になるだろうが、ハーンと双子には別室で待機してもらっている。
フック神官長が葉月に尋ねた。
「ハヅキ。ゆっくり休めましたか? 体調はどうですか?」
軽く背中に添えられた手から温かな魔力を感じた。葉月を気遣い、回復魔法を使用してくれたようだ。
「フック神官長様のおかげで元気いっぱいです。今日はよろしくお願いします」
兵士や神官たちが配置や記録の準備をしている間、クラが声を掛けてきた。
「ハヅキ! 久しぶり」
クラとは字の練習も兼ねて手紙でのやり取りを週に1回はする間柄になっっている。すっかり打ち解けた雰囲気のクラに思わず笑みがこぼれる。
「クラ、元気そうだね。初めの頃のガチガチに緊張していたクラが懐かしいよ。孤児院の皆は元気?」
「うん。もうね、カインとシリとドウの三人になっちゃった。来月にはカインが成人するから、ちょっと心配かな? シリとドウは良い子だけど二人一緒っていうのはなかなか無いんだよね」
「そっか。皆良い子なのにねー」
「まあ、孤児院がなくなっても神殿の下働きになっても良いし、もうしばらく時間はあるよ。あ、ハヅキ。もうそろそろ準備して。頑張ってね!」
「うん」
極度の人見知りを克服したクラが、神殿での働きが評価されるようになって生き生きしているいるのが見て取れた。葉月も、この治療を全力でやったら、評価されるようになるのだろうか。聖女様と言われるようになれるだろうか。いいや。評価されたり賛美されるためにやることではないことはわかっている。だが、自分の居場所が欲しい葉月は評価され、認められ、求められたいのだ。醜いそんな心があることに自分でも嫌悪する。SNSで「いいね!」が欲しくてどんどん投稿が過激になっていく人の様だ。
ふいに姫が葉月の中から話しかけられた。
「葉月よ。治療が怖いのか? 自信が無くなったのか?」
姫は葉月が普通の人じゃなくても寄り添ってくれる。どうせ隠してもほとんどわかるんだから、相談しよう。
「ペーンが良くなったら良いなっていう心と、良くなったら聖女と呼ばれて、みんながちやほやしてくれるなんて期待する私がいて自分が嫌になっちゃった」
「そうか。そうだな。あれか。承認欲求だな。葉月、妾も天照大御神様や他の神に認めてほしいと思っている。ちやほやされたなら、それでよいと思うぞ。励みにもなるし、自分で研鑽するようにもなるしな。だが、人に認められても、認められなくても、葉月は自分を認めてあげればいい。自分では気づいていないが葉月はすごいのだ。きっとペーンの治療もうまくいく。葉月の中には妾がいる。大丈夫。人の為に何かをしたいと考えるだけでもすごいことなのだ。称賛は、他人に求めなくて良い。自分でするものだ。だから、葉月。自分の努力や成長を認めて、もっと自信を持ってほしい。周りの評価に振り回されずに、自分の信念を持って進んでいけば、必ず道は開ける。自分自身を信じて、前に進むことが大切だ」
説教臭くなったなとつぶやく姫の声が葉月には優しく聞こえた。葉月は姫の後押しもあり、ペーンの治療に前向きに取り組むことができそうだ。
***
「では、ハヅキよ。始めよう」
「はい、フック神官長様。ペーン始めますが、大丈夫ですか?」
「ああ。よろしく頼む」
ペーンに治癒魔法の了承を得て葉月居住まいを正した。ニ拝、二拍手、一拝。細かい作法に
「かしこみ、かしこみ。
今回も葉月の口から細く光る触手が伸びる。ペーンは黄金の
葉月は正座から膝立ちの姿勢になり、禍々しい気配を全て飲み込んだ。顔は天井を向いているが、前回の様に嘔吐する気配はない。大きく目を見開き固まっている。
「ハヅキ!!」
タオが弾かれたように動き、兵士や神官たちをかき分けて葉月に近付き、顔を下に向け背中をドンドンと叩く。葉月が低く唸る。
「ぐっ。かはっ」
タオはハヅキの口をこじ開け、口の中に指を入れた。何かに触れ、手が焼けるように熱くなる。構わず奥に指を進める。ブヨブヨした塊が人差し指と中指に触れる。逃がすかとその指に渾身の力を込め引き出す。
ズズッ。ズロロロロー。ベシャリと取り出した漆黒の塊を床に投げつける。
葉月はやっと息ができるようになったのか、肩で大きく息をしている。葉月を抱えるタオに向け、一斉に神官たちが聖水を振りかける。指から黒煙が上がる。タオは痛みのために顔をしかめ、唇をきつく結んだ。体中の筋肉が緊張し、額には冷たい汗が浮かぶ。それでもタオは声をあげず葉月を抱き上げ、そっと寝椅子に葉月を休ませると、ガクリと膝をついた。
「ただ、指先で引き出しただけなのに、こんなにも苦しいとはのう。ハヅキ……。ペーンやハーンのために、こんなに苦しいことを引き受けてくれたのじゃなぁ……」
神官たちに指先の治療を受けている間も、タオは意識を失っている葉月から目が離せない。葉月はクラに顔を拭かれ、サメートの鑑定魔法の後、神官たちに回復魔法等を施されているようだ。前回よりも大きい黒い塊は封印され王都の大神殿の研究部にまた送られるようだ。
ペーンがタオの下に駆け寄ってきた。その足取りは軽い。
「タオ! 俺の指が動く! あの石を抱えている様な重さは無くなったぞ! 体が軽い! 気分も爽快だ!」
喜びに満ちた笑顔でタオに体の状態を告げると、隣室で待つ家族の元へ走っていった。
「ハーン! ハーン! 俺の体が前みたいに戻ったぞ!」
隣の部屋からペーンとハーンの喜ぶ声と、双子の可愛らしい笑い声が響いてきた。
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