第38話 不機嫌な獣人たちと葉月の奮闘

 『カワウソ亭』は古い。こんな屈強な兵士たちが喧嘩になって乱闘などしたらテーブルも椅子もひとたまりも無いだろう。床も抜けてしまうかもしれない。


 次の瞬間、タオ、メーオ、サメートが同時に動いた。


 タオはポームメーレニアンと兵士の間に立って言う。


「つまらんことで喧嘩をするでない。ここで喧嘩をすれば、店が壊れてしまうわい。喧嘩をするなら、外へ出てやりなされ!」


 メーオは厨房の丸椅子から立ち上がり、耳を後ろに倒し、普段はしなやかで優雅なしっぽが大きく膨らんでいた。不機嫌を隠さず低い声で言い放つ。


「お前達、何をしている。バーリック様に報告しなければいけないな……」


 サメートも隅のテーブルより一歩前に出て落ち着いた声で告げる。


「皆さん、冷静になってください。まず椅子に座り、話し合いましょう」


 その中でひときわ甲高い声が響く。


「みんな~、今日は『カワウソ亭』に来てくれてありがとう! 一緒に楽しい時間をすごしましょう!」


 そこには年齢を重ねたため高音がきつくなった声を精いっぱいアニメ声に寄せて、片方のグーを口元に当て、皆に小さく手を振る葉月がいた。笑顔が硬い。


「みんな~、みんなが大好きなスペシャルデザートのお時間です~!」


 いつの間にか大皿に盛られた包子ぱおずが運ばれる。食堂の名物「ハーンの包子」だ。ハーンから教えてもらった時、アイテムボックスに収納していたのだ。葉月はおおげさに「じゃーん!」と効果音と手でキラキラをつけながら中央のテーブルに置く。


「こっちは甘い豆の包子です。こっちはカスタードの包子。こっちは魔獣のお肉がゴロゴロ入ってて、こっちはピリ辛野菜とひき肉の包子でーす! とっても美味しいですよ! 葉月のオ・ス・ス・メですぅ!」


 できるだけ明るいトーンで言う。最後は晴と練習した様々なハートのポーズを連続で繰り出す。気分は陰陽師が印を結ぶ気分だ。四十代の葉月には脳トレに等しい。


 姪の晴はコスプレーヤーだ。葉月と一緒に、地方都市の隣県にコンカフェ巡りをして研究していた。カフェに来る客はどんなに無愛想でも、店員さんを前にすると相貌を緩めていた。晴とは自宅でも一緒に萌えるポーズなどを練習していた。


 こんなぎすぎすした状態は嫌だ。あのコンカフェの店員さんや晴の様にできたらこの場は和むだろう。


 兵士たち、ポームメーレニアン、タオ、メーオ、サメートはピタリと動きを止めている。そして気まずげにお互いを見遣っている。


 なんだ? また空気の読み間違いか? 何か間違ったのだろうか? そりゃあ葉月は百七十五センチ、体重百キロ、四十三歳ですけど! 対する晴は、大学のミスコンでコスプレして一気に全国区に知名度が上がったコスプレイヤーだけど、イベントに行くとでっかいカメラを持ったお兄さんにぐるりと囲まれているけど、地元のテレビ局にお天気お姉さんとして就職内定しているけど、幼少期は葉月にそっくりだったので、今の葉月はギリいけていたはず!


 メーオが耐えきれないといった風に吹き出した。それにつられ食堂は爆笑の渦が湧き上がる。ポームメーレニアンも笑っている。タオも笑っている。サメートだけが苦笑交じりだが、先ほどの厳しい表情は今はどこにもない。葉月は笑われていることは本意ではないが、一触即発の状態が解消したようでホッとしていた。


 メーオが葉月の肩を抱きながら大皿をのぞき込む。


「ぶふぉ! ハヅキ! 君って最高だね! 僕はますます君のことが好きになっちゃったよ。ねえ、ハヅキが一番好きな包子は何だい? 僕に教えて」


「はい! 私は甘い豆の包子が一番好きですけど、うーん、全部好きです!」


「あはは。ハヅキらしいね。じゃあ、ハヅキの一番好きな豆の包子をいただこう」


 メーオはひょいと包子を大皿から取り、ぱくりと食べた。


「うまいぞ。甘すぎなくて、今までの豆の包子の様に豆の皮のザラザラが無くて、えぐみと言うかそんなのが無いな」


「はい。煮た豆を裏ごししてこしあんにしました。気付いてもらえてうれしいです!」


「ほら、お前達も温かいうちに食べなさい。すぐになくなってしまうぞ!」


 メーオの掛け声で、兵士たちはさっきの険悪なムードはどこへやら、どうも食欲が勝ってしまったらしい。旨い、うまいと包子の山が見る見るうちになくなっていく。


 葉月はポームメーレニアンにアイテムボックスから新たに肉の包子を取り出して手渡す。


「ポメ様。私の事守っていただき、ありがとうございました。またお会いできて嬉しいです。お借りしたお金と物品は新しく買ってお返しします。本当に助かりました。ここにいるのもポメ様のおかげだと思っています」


 ポームメーレニアンは包子を受け取りながら葉月を心配げに見ている。


「返さなくてもいいよ。私の使い古しだったからね。それより大分痩せてしまったようだが、ひどい扱いなどされてないか?」


「大丈夫ですよ。仕事は楽しいし、魔法も使うのも面白いですし。それにタオがいつも手伝ってくれますし、辛いこととかはありませんよ」


 ポームメーレニアンはタオを目線で探した。


「あの、タオと言ったか。タオは従業員なのか? 自分の店でもないのに店主の様だな」


「ええ、ここの大将と女将が冒険者をしていた時からの友人みたいですよ。今、大将の調子が悪いから、大将の代わりをしてくれているんです」


 葉月はタオの事を見ながら自然に顔が笑顔になっていた。ポームメーレニアンは怯えた犬の様に少し上目遣いで聞いた。


「その……、ハヅキはタオと付き合っているのか?」


「えー! そんなことはないですよー。タオさんの好みはグラマーでセクシーな人ですから! 私にはセクシーのセの字もありませんからね。その前に、そもそも、ただの同僚です!」


 葉月は顔を真っ赤にしつつ笑って否定した。ポームメーレニアンはそれなら自分にも勝機があると思った。

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