第35話 それぞれの思い
残されたペーンとハーン、タオは気まずいままテーブルを囲んでいる。先に口を開いたのはペーンだった。
「タオ。すまない。あと二ケ月しか生きられないと言われて……。動転していたんだ。ハヅキをいいように使っていたことは認める。そしてハーンの痛みを取り除いたのもハヅキだと認める。だけど、どうしてもニホンジンを憎むのがやめられないんだ」
タオは硬い表情のままペーンとハーンを見る。
「よい。それくらいでワシらの絆は変わらん。じゃが、本当にハーンの症状がなくなったのか? 信じられんのう……」
「ええ。治癒魔法を受けてすぐはあまり感じなかったけど、段々あの重くて痛い症状がなくなっていたの。できればペーンにも受けてほしいわ。もし私が先に逝く時に、運命の番のあなたの手を握れないなんて嫌。
息子たちの時は手を布で結んであげたのよ。息子は弱っていたから、嫁が逝ったことに耐えられなかった。すぐ後を追った様に亡くなったわ。あの子たちは運命の番じゃなかったけど仲睦まじかった。それなら運命の番である私たちはもっと引き裂かれる気持ちになると思うのよ」
「ハーン!」
ペーンが咎めるようにハーンを制する。
「あ、ごめんなさい……」
ハーンはタオを気の毒そうに見て目を伏せた。
「いい。いい。もうマレが逝ってしまったのは二十年も前じゃ。じゃが、一日たりともマレと子どもの事を忘れたことはない。引き裂かれるとはワシの思いと同じじゃよ。できればペーンやハーンには穏やかな日々を送って欲しいのう」
ペーンとハーンは静かにうなずいた。
「何にせよ、ペーンとハーンにはハヅキの治癒魔法が必要じゃ。ハヅキはニホンジンじゃが、ワシらを助けようとしているのは確かじゃ。憎しみを捨てることができなくても、ハヅキの力を借りることはできるじゃろう。今まで通り、ハヅキを利用すると思って治癒魔法を受ければよいのじゃ」
ペーンはため息をつき、頭を垂れた。
「それでいいのか?」
ペーンとハーンはタオが正義感からハヅキをかばっていると思っていた。だから、ハヅキを利用するという言葉をタオから出たことに疑問を持ったのだ。
「ハヅキはバカなくらいお人よしじゃ。あんな素直でええ子をいじめるのは感心せんかったからのう。
じゃが、おぬしらとはもう何年一緒に居るのか忘れたのか? もう実家で過ごした時間をはるかに超えておる。おぬしらはワシには家族同然なのじゃ。おぬしらを少しでも良くするためには、ハヅキを利用するしかないじゃろう」
ペーンは納得したように頷いた。
「タオの言う通りだ。俺らはハヅキを利用すると思って、治癒魔法を受けることにするよ。ハーン、俺はお前を愛している。お前を失いたくない。だから、ハヅキの力を借りてみることにする」
ハーンは涙を流しながらペーンに抱きついた。
「ありがとう、ペーン……」
タオは二人の姿を見つめ、心の中でハヅキへの感情を隠しながらも、ハヅキを守る決意をした。本当はハヅキともっと近づきたいという気持ちもあった。
運命の番であるマレ(ジャスミンの花の意)と子どもを亡くし、運命の番は解消されているが、タオはマレを忘れることができなかった。しかし、ハヅキを思うことが増え、自分の気持ちに矛盾を感じていた。だからタオはハヅキを守り、彼女を支えることで自分の気持ちを満たそうと決意したのだった。
三人は再びテーブルを囲み、ハヅキの治癒魔法を受けるための計画を立て始めた。
***
ぐったりとした精神体の葉月がいた。姫は自分の太ももに葉月の頭を乗せ、髪を手で梳いてやる。
治癒魔法をかけた者の中には瘴気の素となるものがあったようだ。
葉月は様々な器官にカビの根の様に張っていた瘴気を吸い出し、吐き出した。だが、もうその根は心臓に深く深く根を張っており、制限をかけた葉月の魔法では完治できるまでの浄化はできなかった。しかし、損傷していた筋肉や関節などは治癒魔法で正常に近い位には状態は戻せただろう。
完治できなかったことを知れば、優しい葉月は妾に制限を外してくれと願うだろうか。運命と死を受け入れてくれるだろうか。葉月には、この世界では、穏やかに日々を過ごしてほしいのだ。息長足姫は、葉月の日々が心安く過ごせる事を祈りながらモゾモゾと動く葉月を眺めていた。
「葉月、葉月。妾だ。息長足姫だ。目を覚ませ」
葉月に声をかける。
「姫? 私、治療できた? ハーンは治った?」
苦しく負担も大きかっただろうに、一番に他人の心配をする葉月を抱きしめる。
「ハーンの体の瘴気は取り払われた。しかし石化の呪いは完全に払うことはできず、余命二ケ月は変わらないそうだ」
葉月は悲しげな顔をした。
「そっか。私じゃできなかったんだ。ハーン。ごめんなさい……」
「そなたのせいではない。体は軽く、痛みも無くなった。それだけでも感謝されても、恨まれることは無い。葉月は自分の持てる力をすべて使い、治癒魔法を行ったではないか。素晴らしい魔法だと妾は思うぞ」
「本当?」
「ああ、本当だ。葉月はすごく頑張った。さすが妾のいとし子だな」
「うん。ふふふ」
葉月は子どもの様に姫の肩口にぐりぐりと頭を擦り付け甘えているようだ。幼少時母が病弱で甘えたことがないからだろうか、時々子どものようなしぐさで姫に甘えるしぐさをすることがある。四十三歳だが愛おしい我が子の様に思え、背中をポンポンと叩くとまたまどろみ始めた。
姫は大きなこの子どもを抱え、しばらくゆらゆら揺れ歌を歌った。お互いの体温を分け合い、心地よさを感じながら、静かな時間が流れて行った。
***
翌朝、ノックも無く、閉店の看板も無視して、食堂のドアがバンと音を立て開いた。
薄く綺麗な紅い唇から葉月の名前が呼ばれる。
「ハヅキ! ハヅキ! 僕が来たよ。メーオが来たよ! ねえ、こちらかな? ハヅキっていうニホンジンが従業員として働いている宿屋は?」
突然、兵士の団体はやってきた。先頭には、星の多い飾りをつけたマントを着た猫獣人がいた。タオが対応する。
「兵士様、今日は大将と女将が体調不良で宿屋も食堂も休みです。どのような宿や食堂をお探しですか? ワシが案内します」
ジロリと土佐犬がタオを睨みつける。
「ここにナ・シングワンチャーの荘園を放逐になったハヅキ・マツオが住んでいると聞いてやってきた」
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