第31話 遠くの絆と新たな繋がり
「葉月だったね。全然変わってなかった。でも全然向こうの生活の事が聞けなかったね」
残念そうに蘭が言った。恵一郎が申し訳なさそうに口を開く。
「皆、ごめん。葉月が心配で暴走してしまった」
弥生も気まずそうだ。
「私もごめん。こんなに私たちが心配してるのに、何だかのほほんとしてる葉月に腹が立ってガチャ切りしちゃった」
蘭が弥生の肩を抱きながら言う。
「また明日って約束したじゃない? また通信できるんだから、何も悩むことないよ。皆、四十三歳のおばちゃんに過保護すぎ!
葉月の異世界転移は事故だったって言ってたけど、多分ずっと、自分の力で生活してみたかったんじゃないかと思ってる。双子も社会人になって、弥生の会社も軌道に乗って、何の憂いもないのが不安だったんじゃないかな。葉月はネガティブだから、皆に頼られていない状態になるのが怖かったのかも。私から見たら葉月が依存しているんじゃなくて、あんたたちが葉月に依存してたのにねー」
蘭はカラカラと笑った。弥生や晴は手を繋ぎ、涙を浮かべている。晃は怒っているようだ。賢哉が宥めるように背を擦っている。
「弥生がそんなにしょぼくれていたら、葉月が心配するよ。葉月はあんなんでも打たれ強いし、根性もあるから大丈夫だと思う。案外向こうの生活は葉月に合ってるかもしれない。恵一郎が言うように結婚するかもよ」
弥生は自分に言い聞かせるように、話し始めた。
「葉月はこっちでは生きにくいみたいで、いつも苦しそうだった。葉月は何も悪くないのに、皆に混ざれなくて居心地悪そうだった。私みたいに、混ざらなくてもいいと思えればいっそ楽なのに、ずっと自分を殺して混ざる努力してた。
私は葉月を守りたかった。葉月が望むようにしてあげたかったけど、守ることしかできなかった。私の代わりに晴や晃の子育てや松尾家のことしてくれたけど、本当は仕事をしたかったのかも。あっちで葉月がやりたいことや大切にしたい人ができたらいいな……。
あのね、私、葉月がいなくなったから、何していいか分からなくなっちゃった。もう、お金はある程度あるし、子どもも自立するし、のんびり畑とか田んぼとかしようかなって。だから会社を畳もうかと思って。
まあ、お酒でも飲みながら話そうか。久しぶりに皆揃ったから、一緒に飲もう。恵兄ちゃん、蘭、料理は任せた! 晃、賢哉君、お酒を買ってきて! スポンサーになるから、ジャンジャンいい酒買ってきてね!」
「じゃあ、私、テーブルセッティングしとくね。ワインクーラーと氷も準備するから」
晴が立ち上がり、蔵の中のワインを物色している。
「やったー! ジャンジャン飲むぞー! 晴、ワイン用の冷蔵庫に鍋島のスパークリングがあるから出しといて! 今日は葉月と話せた記念日だからね。つまみ何を作ろうか。佐賀牛の塊が冷凍してあったと思うけどな。畑から、ネギと大葉を取って来よう」
「何で、人の家の冷凍庫や畑の作物まで把握してるの? まあ、いいか。葉月と話せた記念日だしな」
月明かりの下、ようやく涼しくなってきた夜風が頬を撫でる。皆は葉月が無事だったことに安堵し、次は何を話そうかとそれぞれ思いながら、久しぶりに楽しい気持ちで酒宴の準備を始めた。
***
葉月は鼻歌を歌いながら、昼の営業が終わった食堂を掃除している。タオが椅子をテーブルにあげながら、尋ねた。
「今日は随分ご機嫌じゃのう。何か良いことでもあったのか?」
「んふふ。わかる? 日本の妹と連絡取れるようになったの!」
「へー。葉月は何人兄弟なのじゃ?」
「二人。姉妹なの。私より、ずっと賢くてしっかり者の美人さんなんだ」
「葉月の妹じゃ、期待できんのう」
「ひどい! 私だってこの頃じゃ『カワウソ亭』の看板娘って言われる時もあるのに!」
「看板娘じゃなくて、看板の間違いなんじゃないかのう? 大きいから目立つじゃろう」
カワウソ亭での感染症騒ぎの際、協力してピンチを乗り越えてからタオとは軽口をたたける関係になった。だが、タオはあまり自分のことを話そうとしない。昔冒険パーティーで一緒だったペーンとハーンから知ることが多い。それでも葉月がタオについて知っていることは少ない。
葉月がタオについて知っていること。
タオは亀獣人で、三十八歳。三十五歳まで冒険者パーティーでタンク役をしていた。名の知れた冒険者で、王命で魔獣狩りを依頼されるくらいだった。意外とお金持ちだという。本当かどうかはわからない。
実家はナ・シングワンチャーの荘園で商店を営んでいて、すでに両親は亡くなっている。兄二人がいて、長男は家の商店を継ぎ、次男は王都で支店を経営している。また、小さい時に亡くなった妹がいた。
好きな料理は甘辛に煮た濃い目の味付け。エールより泡盛のような蒸留酒が好みらしい。好きな色は青。好きな花はジャスミンだが、ジャスミンの花を飾ると苦しそうな顔をするので、何か理由があるのだろう。ずっと独身で、今も彼女募集中だという。「こんなじいさんに付き合ってくれる物好きはいない」と言っていた。
好きな女性のタイプは、こちらでも万国共通のように、グラマーでセクシーな人らしい。葉月もある意味グラマーだが、方向性が違うのだろう。
タオは子どもが好きだが、あんまり懐かれないようだ。とても優しいのに、それがなぜなのかはわからない。
「ハジュ―!」
無心に床を米ぬかで磨いていると、とてとてと走り寄ったキックが体当たりしてきた。双子はもうすぐ二歳になるらしい。獣人だからか、地球の子より発達が良いように感じる。
「んー! ハチュキ! 抱っこ!」
甘えん坊のノーイが葉月にしがみつく。
二人ともお昼寝から起きたばかりなのだろう。細い髪の毛が額に張り付いている。葉月は急いで手を洗い、手拭いで二人の汗を拭きながら、コップに麦茶を注いだ。麦茶は葉月が『カワウソ亭』に来てから提案した飲み物だ。これならキックもノーイも嫌がらず飲んでくれる。宿に宿泊している客にも提供しており、評判が良い。
「キック、ノーイ。ここにお座りして、飲むのよ」
葉月は笑顔で言った。キックとノーイはコップを受け取り、満足そうに麦茶を飲む。タオは眩しそうに双子を見ている。その光景に葉月は少しずつだが自分の居場所が『カワウソ亭』にできていることを感じた。そして、その感覚は葉月を動かす原動力となっていた。
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