第29話 息長足姫の導き

 金曜日の午後六時、松尾家に皆が集まった。松尾弥生やよいはるこう、中村恵一郎けいいちろうあららぎらんの5人と、伊藤賢哉けんやだ。


「君は……?」


 撮影機材のセットをする賢哉を見て、恵一郎の明らかにいぶかしむ顔に、晃が答えた。


「あ、彼は僕の立ち上げた会社のパートナーの伊藤賢哉だよ。あと、僕の動画の編集はほとんど賢哉にしてもらってるんだ。彼も、葉月のご飯のファンで今回記録係で参加してる」


「動画を公開するのか?」


 恵一郎の少し怒気を含んだ声は質問の形をとっていても、それを否定していることが分かった。


「いえ。あくまでも記録用です」


 ちょっとずんぐりむっくりなフレンチブルドッグを想像させる賢哉は、肩を縮めて、機材のセッティングを再開した。


「何? 賢哉君が怖がってるじゃない。可哀そうに。でも、他人なのに葉月によく似てるね。言われたことない?」


「蘭。私もずっと思ってた。晴も何となく似てるよね。犬系?」


「あ、私、コメントでママより葉月に似ているって言われたことある」


「何? いつ私の写真使ったの? やめて!」


「大丈夫、大丈夫! 二人の七五三の写真だったから。私の時と比べたんだよね。やっぱり私、葉月に似てたよ。ママ、本当に私産んだの? 四十一歳でそのスタイルと美貌。今日の巫女姿も綺麗。今度一緒にコスプレしようよ」


「おい、お前ら。今日の目的を忘れてないか?」


「「「「「はい!」」」」」


「ちょっと、そんなこと言うから、嫁さんに逃げられるんだよ。もうちょっと優しくしなさい」


「そんなこと言う、蘭も嫁に行って帰ってきたじゃないか!」


「私は子供を産んで育てて、義理の両親を看取って、嫁の役割を終えて帰ってきただけです!」


「『蘭』姓が嫌って言って、専門出た後すぐに結婚したんだよね? 小さなアパレル工場の社長さんだったっけ?」


「うん。親が『蘭蘭』なんて、中華アニメみたいな名前にするから、早く結婚して名前を変えたかったのよね。それに洋服作るの好きだったし、結局はブランドの下請けみたいなもんだったけどね。旦那は二十も違ったから優しくしてもらったけど、下の子も二十歳過ぎたし、もう好きなことしていいよって解放してくれたのよ」


「なんか若い時を搾取されてひどいような気もするし、今からの介護から解放してくれたような気もするし、子供の私には分かんないな」


「俺も、大人の考えることは分からん。今から二人で仲良く楽しめる時期が来たのになんか寂しいな」


「私は元旦那には感謝してるよ。喧嘩して離婚したわけじゃないし。ボチボチ、デパートの補正のパートと、晴のコスプレ衣装を作るなんて趣味のような仕事だけでも生活できるくらいの慰謝料もらったし。今、好きなことを仕事にして生きるのワクワクしてるからね」


「……お前たちは、今日中に終わらせる気はあるのか?」


「「「「「はい!」」」」」


「じゃあ、さっき言った様に髪を供物として捧げる。ここで大切なのが『清い乙女の髪』だ。長い髪は、弥生、晴、晃の3人だ」


「あのさ、『清い乙女の髪』って処女って事?」


「まあ、そうだろうな」


 皆の視線が晴に集中し、晴が赤面する。


「なに? 違いますけど! ママも蘭さんも私の年には子どもいたじゃん!」


 頭を悩ませている恵一郎に蘭が軽く言う。


「全員分まとめて供物にしたらいいんじゃない?」


 祭壇に酒や米、魚、野菜、果物、塩、水などと共に、葉月とお揃いの手鏡、三人分の髪が供物として供えられた。


「四人でヘアドネーションしようって言って、四年前から伸ばしてて良かった」


「じゃあ、弥生、よろしく」


「うん、では皆さん低頭お願いします」


 巫女の装束をまとった弥生が居住まいを正し、皆に告げる。


「かしこみ、かしこみ。祓えたまえ、清めたまえ、神ながら守りたまえ、幸えたまえ。どうか、息長足姫様、現れてください。葉月のことを教えてください……」


 皆の願いを一つにまとめて、息長足姫に届けるように気持ちを込める。すると、手鏡の中から声がした。


「妾は息長足姫なり。妾を呼ぶのは弥生か」


 全員、小さな手鏡に視線を集中させる。驚いたが、声を出すことでこの不思議な現象が消えてしまいそうで誰も声をあげることもできなかった。弥生は詰めていた息を吐き出すように話し出す。


「息長足姫様。葉月の妹の弥生です。先日は葉月の伝言をありがとうございました」


「葉月の願いが弥生に無事を知らせることだったのでな。今回供物に供えられた髪の毛は、清い乙女の髪ではなかったので幻影をそちらに出すことはできなかった」


「やっぱり、そうでしたか。でも、お応えいただきありがとうございました」


「いや、弥生も巫女の血を引くもの。妾をこちらに呼ぶことは可能だった。弥生の子らも妾を呼ぶことはできるようだ。して、今回妾を呼んだのは何か用があるのか?」


「はい。葉月が失踪して一ヶ月近くになります。葉月はどこにいるのでしょうか。また、こちらに帰ることができるのでしょうか。そしてこれは、息長足姫様にお願いなのですが、葉月と連絡を取れるようにしていただきたいのです。何をすれば可能でしょうか?」


「弥生。心配したであろう。葉月は異世界に行ったが、健やかに過ごしている。そこはバンジュートという獣人の国だ。宿屋や食堂の手伝いをして、自分の役割を見つけることを目標に日々尽力している。そして、すまぬがもうこちらの地球に戻ることはできない。妾からせめてもの詫びとして、葉月とはこの手鏡を通じて話せるようにしよう」


「はい。どのようにすれば、葉月と手鏡を通して話すことができるのでしょうか?」


「通話を希望する者が、葉月を強く思い、話しかけると良い。妾の神気を利用し通話するので、一日に一回程度は通話可能となるだろう。必要な神気が貯まれば短時間でも使用できるかもしれない。使用しながら、工夫してくれればよい。神気を貯めるには、信仰が必要になる。なるべく神社に参拝しなさい。お前たちは氏子地区に住んでいるため、祭りや行事ごとに参加しなさい。それで良い」


「はい。さらに信仰し、励みたいと思います。今日はお願いを聞いていただきありがとうございました」


 弥生の感謝の言葉を聞いて、手鏡の女神は鏡の中で微笑み、消えていった。

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