第28話 弥生への伝言

「弥生よ、葉月からの伝言がある」


 卑弥呼かな。キレイな女性。私じゃなくて、恵兄ちゃんに出てあげたらいいのにね。泣いて喜ぶよ。あー眠い。葉月か、元気かな……葉月!


 ベッドからガバと起き上がり、周りを見渡す。誰もいない。何だか胸騒ぎがして、トイレに行って水を飲む。ベッドサイドに腰かけ、葉月と一緒に撮った家族写真を見る。


「はぁ……。葉月、今、どこにいるの。裏切者め!」


 恨み言が口をつく。写真立てをサイドテーブルに戻し、布団に潜り込む。グルグル考えて眠れない。この頃は朝方起きたら、なかなか眠れない日がある。


「あー、コッコちゃんたちのご飯、カルシウム加えないとなー」


 あと数時間で朝だ。葉月の代わりに朝は畑や鶏などの世話をしている。ネイルが邪魔だと感じて、この前手だけじゃなく足も全部オフしに行った。農業や家畜の専門書を読み、ネットで情報を得て実施しても、野菜たちは元気がない。鶏たちも何故か時の声に張りが無いし、追いかけてくる気迫も薄い。


「葉月の作るみそ汁が飲みたい。出汁も、味噌も同じの使ってるのに何が違うのかな」


 葉月のごはんが食べたい。小学生になった時には葉月がごはんを作ってくれていた。母が作ったごはんを食べた事はあるのか記憶にはない。だから、葉月のごはんが弥生やはるこうの「母の味」だ。


 大学生で動画投稿サイトに投稿しているインフルエンサーの晃は葉月の料理を度々投稿していた。「茶色い弁当シリーズ」や「料理名の無い、ぽい料理シリーズ」には一定数のファンがいるらしい。


 晃が食に興味を持ったのは確実に葉月の影響だ。大学生時代に立ち上げた空き家を利用したカフェ事業は三店舗目も順調の様だ。大学を卒業する際に自宅の蔵を改築して四店舗目にすると意気込んでいたが、今は勢いが削がれた様だ。葉月にメニューの監修をしてほしかったらしい。一緒に動画制作活動してくれている賢哉けんや君も葉月の料理のファンで、家に来るたび「葉月さんは? 葉月さんの飯が喰いたいっす」と言ってがっくりしている。


 葉月がいなくなってから、ほとんどの家事を外注している。その仕上がりには不満はない。だけど、葉月の料理を思い出す。家の中もキレイに整頓され、センス良く、以前より使いやすくなった。でも、何となくいごこちが悪い。


 晴もヘアケアやマッサージなど、葉月に頼んでいた事は、エステやヘアサロンに行っても解決しなかったらしい。きっと、葉月に触れてもらって心からリラックスして、なかなか友達にも話せないガチでオタクな話しやBLの話しなどをしたいらしい。母親の弥生にはテレビの話しもしないのに。


 弥生は出産のために一年浪人したが、その後は順調にキャリアを積んできた。


 地元の旧帝大卒、十年間外資系の銀行に就職。退職して留学してMBA取得し、コンサルティング会社を設立。やっと軌道にのってきた所だ。全て葉月のサポートがなければ成り立たなかった。子育てに関してはほぼ葉月に丸投げだ。週刊誌の夫への愚痴特集を読むたびに葉月にケーキを買って帰るくらいは罪悪感を抱いていた。 


 松尾家には葉月が必要だ。家政婦代わりではない。そんなの全部外注すればいい。田舎の庄屋だった農家は土地があり、不動産の不労収入が働かなくても生活に困らない程度にはある。 


 それに弥生の収入だけでも葉月は外で働く必要も、家事労働もする必要も無い。ただ、皆、葉月が必要なのだ。だが、きっと葉月は分かってない。


「私、迷惑ばかりかけてごめんなさい。何もできないでごめんなさい。私、バカだから」


 いっつもそんな事を言って私をイライラさせる。家族の誰一人そんなこと、思ってもいないのに! 


 弥生はあんなに自分の会社を大きくする事に燃えていたのに、葉月がいなくなってから今は早期リタイアする事を考えている。


「弥生はすごいねー! さすが私の自慢の妹!」


 姉の葉月の称賛が何より嬉しかった。葉月を守る力が無かったから、強くなりたかった。来春で子ども達も社会人になる。このタイミングで、生活を見直してみよう。憧れの葉月の様なお母さんに近付けるかしらん?


 朝までもう少しある。もうしばらく眠ろう……。


「弥生よ、眠れない時は医者に診せた方が良いぞ。なかなか話しかけられないので、別日にしようかと思っていたところだった。このまま、聞いてはくれないか? 」


 あ、さっきの卑弥呼もどきの人だ。あれ、体が動かない。金縛り?


「妾は息長足姫おきながたらしひめ。弥生の母の生家である鏡神社に祀られている武と子育ての女神である。


 さて、お前の姉、葉月から伝言だ。『異世界転移したが元気でやっている。自分の事は心配するな』と言付かっている。妾は分霊し葉月と共にいる。安心して任せると良い。では、松尾家の皆も健勝でな」


 姫は役目を終え、ほっとしたような表情を見せた。少しずつ映像に霞がかかり、消えた。


「いやいやいやいや! ダメでしょ? 息長足姫おきながたらしひめ、説明を求めます!」


 弥生は今度こそ、目を覚まし叫びながら起き上がった。


 ※ ※ ※


「おはよう。おじゃましまーす」


 朝六時きっかりに弥生は中村家の勝手口を開け、恵一郎の部屋に突撃する。ここの田舎は玄関は施錠するのに、勝手口は二十四時間オープンな所が多い。


「恵兄ちゃん、起きて。葉月の事が分かったかも!」


「んー? 朝から何? おっ、誰かと思った。化粧してない弥生は可愛く見える」


「そんなのどうでも良いから、聞いて!」


 弥生はベッドに乗り上げる勢いで恵一郎に迫る。


「ちょっ、わかった! ちょっと眼鏡かけさせてよ。……で?」


 二人はベッドサイドに腰掛け、話し始める。


 弥生は、卑弥呼の様な衣装を着た女神が夢枕に立った事。その女神が、母の実家の鏡神社に祀ってある息長足姫であること。葉月が伝言で『異世界転移したが元気でやっている。自分の事は心配するな』と言ってきたこと。女神が分霊し、葉月と一緒にいると言っていた事を話した。


「そうか、わかった。俺も、八十年程前に髪の毛を奉納した記録を鏡神社で見つけて色々調べていたところだった。明後日の金曜日の夜、俺と弥生、蘭、晴、晃で祭事をしてみよう。今日から、禁酒、禁煙、禁欲、匂いの強い食べ物は避けてなるべく精進料理にするように、皆に連絡しておいて。俺は祭壇の準備をお蔵さんでするから」

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