第25話 葉月だけの魔法
B級ホラーのような治癒魔法を発動してから二週間。毎日午後はフック神官長やサメートと共に魔法の練習をしている。そして今、葉月はサメートと並んで中庭を歩いている。
「これは何魔法ですかね?」
「さあ? サメートさんでもわからないんですか」
「ええ。風魔法でしょうか……」
二人は散歩しているように見えるが、実際には神殿の中庭の芝刈りをしている。葉月が歩くと、その周囲一メートル四方の芝が二十ミリメートルにカットされていく。フワフワの美しい芝が葉月の後ろにできていく。見えない刃は芝をカットするが、人間には安全で肌を傷つけることはない。なぜ判ったかというと、サメートが足を差し込んできたことから判明したのだ。クラと言い、サメートといい神官は自己犠牲の精神が半端ない。少し怖い気もする。
「終わりましたね。子どもたちに後始末をさせましょうか」
「はい。私が今からゴミを集めます。どこに集めればいいですか? 時間がかかりますが、それを子どもたちに運んでもらいたいです」
葉月は祝詞を奏上する。
「ブロワー!」
手を左右に振りながら芝のゴミを一か所に集めていく。サッカーコート一面程度の中庭。すでに二時間は経過している。葉月は汗をかきながら作業している。
先日、裏庭の草刈りを魔法でしようとしたら、裏庭全部の植物を抜いてしまった。葉月はざっくりした指示では魔法の操作が難しいようだ。具体的に指示をすると、時間がかかるがきちんとこなす。
今日の葉月への指示は「中庭のここからここまでの芝生を整えてほしい。長さは指二本分。自分や他人を傷つけないように安全面に配慮すること。時間は午後の活動の時間の間に済ませる事」と指示を受けた。
芝のクズがゴミ捨て場に近い場所に小山を作っている。すでに三時間近くたっている。これでは庭師数名に頼めば同じ時間でできてしまう。しかし、それよりも美しく仕上がっているだろう。心なしか芝は青々としている。
「サメート様! ハヅキ! コップ持ってきました!」
クラが孤児院から盆にのせたコップを持ってきた。今まで見たことがない明るい笑顔だ。
「ありがとう。クラ」
あの日からクラは人見知りが軽くなった。まだ、神殿外の人には多少の緊張はするが、葉月には笑顔で接してくれる。
「ハヅキ、あの美味しいお水出して」
ちゃっかりと盆にはコップが三つ乗っている。葉月は魔法で水を出す。ぽちゃんと一滴もこぼさずコップに水が満たされる。中庭のベンチに三人並んで座る。
「おいしいー。ハヅキ、ありがとう」
クラがリラックスした笑顔で接してくれる。サメートが不思議そうな顔をしてクラに尋ねる。
「クラ。あなたの性格は本当に変わりましたね。精神的に操作されている様な感覚はありますか?」
「いいえ。自分の心持ちが変化したのだと思います。人見知りは元々の気質があったんですが、人間関係の躓きを重ねて強度の人見知りになったと考えています。ハヅキに治療してもらった時に、『人の役に立ちたい。人見知りを治して、神官として一人前になりたい』と強く願っていたら、私にもできると確信した、といった感じでしょうか」
クラの言葉を聞き、葉月は答える。
「私はクラを治療する時、『怪我平癒』と『心願成就』を願いました。心願成就で願いがかなったのではないでしょうか?」
サメートは驚いた顔で聞き返す。
「それなら、皆ハヅキに願いを言いに来るでしょう? ハヅキは自分が願望を叶える力をもっていると?」
「違いますよー! 何でも叶う訳ではありません。クラの願いが本物で、それに対して努力をしていたので叶うんです。その時だけ祈ってもダメなんです。例えば、騎士団に入りたくて試験の前にお祈りだけしてもだめです。毎日試験の為に研鑽して最後の一押しを神が手伝ってくれるんです。神の力だけで騎士団に合格しても、使い物にならないでしょう。クラの変化はクラ自身の研鑽の上に成り立っているのだと考えます」
母の実家の神社にアルバイトに行った時、宮司である叔父が学業成就のお守りを祈祷する時に言っていた。その受け売りだったが。
「ハヅキの魔法は不思議ですね。色々できそうでいて、できない事も多い。それは他のチキュウからの転移者とも違うようです。きっとニホンジンだからではなく、ハヅキだからこんな魔法なのでしょうね。
今日の『芝刈り機!』や『ブロワー!』だけではなく、米を炊く時は『極み炊き! 対流! 米が立つ!』洗濯をすると『激落ち! 滝シャワー! ふんわりカラッと乾燥!』などありますが、どれも時間がかかりますし、魔力もたくさん使っていますよね。ずっと操作し続けないといけないですし。魔法操作が緻密ではあるのですが、効率が悪すぎるのです。あ、そのことが悪いとはいっていませんよ」
サメートは慌てて否定するが、その評価は、日本で言われていた葉月の評価と同じだった。
ざっくりと指示されると、失敗する。自分で考えてやってみるが、ことごとく間違ってしまう。細かく指示をしてもらうと、時間はかかるがこなすことができる。丁寧に仕事をするが、時間がかかりすぎるし、効率が悪い。小さい時から言われ過ぎて、思い出すと胃のあたりが重くなる。
葉月は農業婦人会の作業を思い出した。季節の漬物や饅頭、味噌などを作り、道の駅に出品していた。
初めのうちは若いグループに参加していた。若い女性たちは農業に従事し、舅や姑と同居し、さらに義理の祖父母がいたり、子どもがいて、パートに行ったりと忙しい人が多かった。そして、葉月のように不労収入はなかった。
効率の悪い葉月は「お金がある人はのんびりできて良いね」「葉月さんは実家住みだし、ゆっくりできるのよ。私たちは貧乏暇なしだからね」などと言われた。居づらくなって、八十代のお婆ちゃんグループに入りのんびり作業した。お婆ちゃんたちには可愛がってもらったが、馴染めない自分を異物の様に思ったことを思い出す。葉月は頭を振り、過去の思いを振り切った。
「もし、あの治癒魔法が私にしかできないならばやってみたいと思います。クラが勇気を出して協力してくれたのを無駄にしたくないし。でも、もうクラもサメートさんも私の寿命が縮まる様なことはしないでくださいね」
葉月は治癒魔法を使うことを了承した。早速翌日、対象者の患者のもとへ向かうことになった。
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