第26話 カワウソ亭のピンチと葉月の活躍

 石化の呪いを受けていたのは『カワウソ亭』の大将と女将だった。


「なんだって! ニホンジンの治癒魔法を受けろってか? 二ホンの女神の力をもらうだって? 俺たちの大切な息子と嫁を奪っていったニホンジンに頭を下げろってか? 俺たちの可愛い孫を残して死ぬ呪いをかけたニホンジンに縋れってか? いくらフック神官長様から勧められても無理だね!」


「私も嫌です。息子夫婦はとても苦しみました。最期は嫁は子を生かすために腹を裂き取り出しました。乳を一回あげて嫁はなくなりました。息子も子を抱くことも、声を掛ける事も出来ず腹の上に乗った双子に温かい息を吹きかけると亡くなりました。可哀想でなりません。私達も呪いのせいで孫の成長が見れないなんて。ニホンジンがいなければこんなになりませんでした。だから嫌です」


 フック神官長は説得を続ける。


「ハヅキはターオルングのニホンジンとは違います。今のままでは、あなたたちは一年以内に段々と動けなくなって石化の呪いで亡くなってしまうんですよ。今、改善する望みはハヅキの治癒魔法だけなんです」


「それでもだ! わかっていても嫌なんだよ!」


「帰ってください。タオ。神官様ご一行がお帰りよ!」


 用心棒として居候しているタオは、眉間に皺を刻みながら無言でドアを開けた。葉月は目線だけタオに向けた。目が合うとぺこりと礼だけして外に出る。フック神官長は苦しそうな顔をしている。今後の進行の経過が分かっているだけに、信仰する神とは違う神であっても、救いたいという気持ちは救済者としてのフック神官長の想いなのだと葉月は感じた。


 『カワウソ亭』の夫婦は石化の症状が少しずつ出てきているそうだ。フック神官長が治癒魔法や解呪を試みているがほとんど効果は無いらしい。


 葉月はターオルングのニホンジンと自分が違うことをどうやって伝え、納得してもらえるかを考えた。段々体中の筋肉が石化して動かなくなるなど、日常生活も大変になってくるだろう。双子のお世話もどうやっているのだろう。


 管理人室に戻り、借りたままだったタオのマントを繕う。明日の自由時間に『カワウソ亭』に行って、タオに返してこよう。お客さんとして通っていたら、大将や女将はいつか葉月に気を許してくれるだろうか。でもそれでは時間がかかりすぎる。少しでも早く葉月の治療を受けてもらうにはどうしたら良いだろう。


***


次の日『カワウソ亭』に行くと食堂が開いていなかった。店休日だとは聞いていない。不審に思った葉月はドアをノックする。すると中からタオらしき声が聞こえてきた。


「誰だ?」


「ハヅキです。タオさん、開けてください」


 しばらくしてタオによってドアが開かれ、中に入ると宿屋の中は異様な雰囲気だった。宿泊客たちや大将や女将が皆、嘔吐と下痢で苦しんでいるという。


「これは一体……」


 思わず声を漏らした葉月に、タオが困惑した顔で答える。

 

「一昨日から具合が悪い客が居たんだ。部屋で休んでいたんだが、吐いたり下痢をしたりしていたんで、女将のハーンが看病を手伝っていたんだ。そしたら、その客の連れや、隣部屋の客までみんなが急に具合が悪くなってしまって。症状は軽いが大将のペーンや双子も具合は良くないようだ。だから今朝は食堂を開けることもできなかったんだ」


「タオさんは大丈夫なんですか?」


「ああ。昨晩はちょっと外に泊まっていて、さっき帰ってきたらこんな感じで……。何から手を付けていいか分からなくて、神殿に行こうか迷っていた所なんだ」


 葉月は急いで状況を把握し、隣の雑貨屋の女将に神殿に病人が出たことを知らせてもらうことにした。


 宿屋の客三名とペーンとハーン、それに双子のキックとノーイの状態を見て回った。全員が軽い脱水症状を起こしていた。


 神殿の誰かが来るまで、タオと協力して看病をすることにした。タオと共に手拭いで口元を覆い、手洗いうがいを徹底するようにした。


 病気の特定がしたい。だが、葉月の鑑定魔法は食品に対してしか使えない。その時、水差しから宿泊客が水を飲んでいたことを思い出す。葉月はその水を鑑定することにした。


【ノロウイルスに感染した水・飲用不可】


 葉月はノロウイルスにかかって苦しい思いをしたことがある。家族全員でかかって、医者から「体からウイルスが出ていくまで、対症療法しかできない」と言われた。消毒の方法は今も覚えている。何でって、大変だったから!


「まず、皆さんに水分を摂ってもらいます」


 葉月は経口補水液を作った。厨房に行く。調理器具がウイルスに全て汚染されているように見えてならない。素焼きの壺を前に並べ魔法をかける。「煮沸消毒!」消毒の終わった甕に魔法で出した常温の水を入れ、砂糖と塩、レモン果汁をたらし撹拌する。それをタオと共に病人に少しずつ飲ませる。


 葉月は魔法を使い、吐物やトイレの処理を行う。


「かしこみ、かしこみ。はらえたまえ、きよめたまえ、かむながら守りたまえ、さきわえたまえ。汚物除去! 洗浄! 次亜塩素酸で消毒!」


 皆の身体を拭く。衣服を交換し、寝具を清潔な新しいものに変えた。双子はおむつかぶれになっていたので、風呂でお尻を洗い、薬を塗る。


 汚染された服や寝具はタオに裏庭に出してもらう。魔法で「高温洗濯! 次亜塩素酸消毒! ふんわりカラット乾燥!」を行った。裏庭に直径三メートル程度の水球が現れ葉月は操作する。


 葉月の魔法が効果を発揮し、翌日から全員の症状も改善してきた。タオも積極的に協力し、宿泊客やペーンやハーンたちを手分けして看病する。神殿からの使者に経過を伝える。感染を広げないために、葉月とタオで看病を続けることになった。


 その後も、葉月は懸命に看病に当たりながら、少しずつペーンとハーンの信頼を得ていった。二日でノロウイルスの症状が和らぎ、宿屋の客たちも回復の兆しを見せ始めた。葉月の魔法と努力が、次第に『カワウソ亭』に平常を取り戻していった。


 三日たち病状が落ち着いた頃、葉月はペーンとハーンに再び話を持ちかけた。


「皆さんの病気がよくなって、私もとても嬉しいです。もしよろしければ、しばらくここに留まってお手伝いさせていただけませんか? キックやノーイのお世話や宿と食堂のお手伝いをしたいと思っています」


 ペーンは微笑みながら頷いた。


「ハヅキ、本当に感謝しているよ。ぜひ、ここに残って一緒に働いてくれ」


 こうして葉月は、『カワウソ亭』に留まり、ペーンとハーン、双子たちをタオを支えることとなった。彼女の献身が、ペーンとハーンの硬く閉ざされた心を緩めたのだった。

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