第23話 魔法の活用

 神殿の中庭で葉月は神官たちに囲まれている。今日は魔法の練習だが、雰囲気は物々しい。フック神官長に、地球人がティーノーンで魔法を使うときは自身の魔力を利用していること、そして地球人の転生・転移にはティーノーンの神々の許可が必要であり、無理な転生・転移は地球の神々の加護が無効になる可能性があることを伝えた。


「ハヅキは生活魔法が使えるようですので、それからやってみましょうか。まずは水を出してみましょう」


 サメートが見本を見せてくれる。歌うような詠唱の後に木製のコップが満たされた。


「さあ、ハヅキもやってみなさい」


「フック神官長様。コップ一杯出せば良いですか? それとも沢山出るイメージをしても良いですか?」


 神官たちがざわめく。昨夜の光が出せるなら大量の水が出るかもしれない。フック神官長も考えている。


「では、水をこのコップを満たす程度にだせますか?」


「やってみます。……かしこみ、かしこみ。はらえたまえ、きよめたまえ、かむながら守りたまえ、さきわえたまえ。コップ一杯の水!」 


 ぽちゃんと音を立てて、空のコップに水が出現する。サメートが鑑定をしている。


「飲料水です。それも二ホンの山脈の恵みの水で美味しく冷えているそうです。私が飲んでみましょう」


 サメートは恐る恐るといった風にコップの水を飲んでいる。


「なんと! ほのかに甘みを感じるような滑らかでやさしい味わいです。そして、山の雪解け水のように冷たくて美味しいです!」


 神官たちも次々にコップを回し飲みしながら「おお、冷たい」「喉に引っかかる様な重みがなく、ごくごく飲めそうだ!」と口々に感想を言っている。その後も、洗濯物をカラリと乾かし、手の平サイズの種火をつけ、畑の土をふんわりと柔らかくした。葉月の魔法で、作物は鮮やかに葉を揺らし一回り実が大きくなった。


 簡易鑑定は、食品のみに発動できるようで、毒があるか、可食であるかが簡易的に分かるようだ。調理法などは出てこないが、言語理解・自動翻訳機能によって地球に存在する植物や食品に変換されて説明される。


 身体強化は、元々の葉月の身体機能が低かったからか、推定されていた値よりだいぶ低かった様だ。それでも、垂直飛びで三メートル飛べるとは思っていなかったし、腹筋や懸垂ができる事に葉月自身が驚いた。小学校の時にできなかった逆上がりが今ならできそうな気がする。


 アイテムボックスはコンテナ1杯分だった。買い物に便利そうだと他人事に様に考えながら、神官たちが指示するように次々と葉月は魔法を発動させていた。


「さあ、ハヅキ。最後は治癒魔法です。これが効果的にできたら、神殿を手伝ってもらえますか? ただし、ハヅキの治癒魔法はティーノーンの神々ではなく、二ホンの女神の力を利用しています。このため、治療を受ける患者には二ホンの神の事は知られてはいけません。神殿の求心力を失う恐れがあるからです。


 そこで、まずはこの神殿で治せなかった患者さんの治癒に協力してもらおうと思います。ティーノーンの神では治せなかった状態も、ハヅキなら治せるかもしれません。ただし、この治療を受けるのは魔法契約で他言無用を了承した患者とその家族に限ります」


「え? それって実験じゃありませんか? 私、そんなことできません!」


 葉月は神殿で自分自身が実験動物にされかけたことを思い出した。まだできるかどうかわからない自分の治癒魔法の練習台になど誰もなりたくないだろう。


「ターオルングのニホンジンがかけた心臓の石化の呪いにかかったものがいるのです」


 フック神官長は悲痛な声で訴える。


「先の戦争の時、ターオルングのニホンジンは強力な魔法でこの地を蹂躙し、広範囲に呪いをかけました。広範囲ではあったものの、田舎であったため呪いにかかった人数は約百人程度でした。


 不幸中の幸いで、戦争は三日で終わり、すぐに全世界の神殿や寺院から神官や僧侶が来て、この地を浄化し、人々の解呪をしてくれました。その結果、若くて体力のある若者は回復しましたが、そうでない方は亡くなっていきました。


 この土地は二年で元通りになりましたが、最近になって数名が石化の呪いにじわじわと蝕まれ、動けなくなってきました。私たち神官はできる限りの治癒や解呪を行いましたが、それも寿命を少し延ばすだけでした。今はもう一組の夫婦を残すのみです。


 その夫婦はなぜか発症が遅れましたが、現在は症状が進行しています。このままでは、他の患者たちと同様に半年以内に寝たきりになり、一年も経たずに心臓が石化し、神の庭に旅立つことになるでしょう。それでも、今はまだ日常生活を送ることができています。


私たち神官では、これ以上の治療はできません。どうか、葉月の力を貸していただけないでしょうか?」


 葉月が何もしなければその夫婦の症状は進行するだけだ。でも、葉月の使用する魔法がもし合わなくて悪化して寿命を縮めたりしたら責任は取れるのだろうか?


「フック神官長様、やっぱり怖いです。こっちの世界の人にどのように作用するか分からないから、使いたくありません。人の生死にかかわるような責任はとれません」


 落胆のため息があちこちから漏れ出る。これが地球にいた時はあまり考えずに「困っている人がいるなら、私ができることをしよう」と安易に治療を申し出ていたかもしれない。でも、ここは異世界。自分の身を守るのは自分しかいないのだ。そんな時に、今にも消え入りそうな声が上がった。


「……あの、私を治療してもらえますか」


 その弱々しい声の主はクラだった。

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