第22話 手紙を書いてみよう

シリがカインのお尻をバチンと叩き、指を胸に突き付けながらカインに言った。


「ハヅキはニホンジンだけど、ターオルングのニホンジンとは違う。私たちも黒髪黒目に近いってだけで差別されて辛いのなら、ハヅキに八つ当たりはいけないと思うの。もう少し大人にならなきゃ。もうすぐカイン成人でしょ?」


「ああ。来年の初めだから、あと四ケ月だな。……わかった。ハヅキ、すまなかった」  


 意外に素直なカインに驚いた。カインが顔を赤らめて視線を床に落とすのを葉月は見た。少しの躊躇の後、カインは話し始めた。


「シリの言うことは大体正しいんだ。俺、カッとしやすいんだ。すぐに怒って手が出る。小さい頃からずっとそうで、何度もトラブルを起こしてきた。両親ともクズで、俺もそんな環境で育ったからそんなもんだと思ってた。親がくたばって、孤児院に入れられて、働きに出てもすぐ解雇されるし、養子に出ても出戻りになって……。


 そんな時、シリが色々教えてくれたんだ。俺、字も読めないし、書けなかった。計算もできなかったけど、シリが褒めてくれて……。今じゃ働きに出ている商店でも字が綺麗だとか、計算が正確で速いとかも言われるんだぜ! だから、シリの言う事は聞かないといけないんだ」


 シリの言葉に反応して、カインの目がキラキラと輝いてるのを葉月は見ていた。シリは大げさに溜息をついてみせた。


「はあ。カインはもうすぐ成人だって言うのに、十一歳のドウより手がかかるんだから。さ、ハヅキにお手本かいてあげて」


「ああ、わかった!」


 葉月は学園ドラマを見ている気分になり、キュンキュンした。


「ねえ、ハヅキは誰にどんな手紙を書きたいの? 相手の人は字が読めるのかな?」


 どうだろう。字が読めない人っているのかな。


「わからないの。『カワウソ亭』の用心棒をしているタオさんに出したいんだけど」


「ああ、タオなら字は読めるよ。商店から荷物を持っていくと、伝票も確認して荷物も運んでくれるんだ。顎で使う奴が多いのに優しい人だぜ」


「そう。私、いろいろあってナ・シングワンチャーの荘園から移動していて森で迷っている時に助けてもらったんだ。本当にお世話になって命の恩人なの。お金も銀貨五枚借りていて、少しづつお返しできたらいいなって思ってて」


「銀貨五枚だって! ここら辺の高級娼館だって一晩でも小銀貨八枚だってのに! タオはこんなオバサンに大金払って何してんだよ」


 思わず大声で叫んだカインに、シリのジト目がカインに向けられる。


「カイン。娼館の事、詳しいんだね。でも、一回でもダメだからね!」


「う……。はい……」


 二人のやり取りから葉月は確信を持っていたが、聞いてみる事にした。


「ねえ。二人はお付き合いしてるの?」


「どうかな。私、モテるから。娼館に一回でも行った不潔な人とは結婚できないから」


「わかってるよ! 成人しても娼館なんて行かないから! 俺はシリだけだから! シリが成人するまでに自分で部屋を借りられるくらいになって、シリもドウも一緒に迎えに来るから!」


 カインのお迎え宣言に、そっぽを向いていたシリが頬を染め口元をもぞもぞさせている。かわいい。この二人が主役のドラマはリアルタイムで観つつ録画して、円盤になったら特典付きをゲットするくらいには推せる! と葉月は思った。 


 ただ、シリはそのままでも可愛いが、カインは髪型と眉を整えないといけない。そうしたら雑誌のボーイズコンテストの参加者位にはなるのではないだろうか。


 葉月は美しい人に囲まれて育ったため、自然と自己評価が低くなっていることに気づかないまま日々を過ごしていた。葉月の両親はもとより、弥生、晴、晃は美形なのだ。弥生はライトノベルの憎めない悪役令嬢系クール美人だし、晴は親しみやすい笑顔のピンク髪のヒロイン系美人だし、晃に至っては氷の貴公子そのものなのだ。


 若いカップルのワチャワチャを眺めつつ、カインの文字を写していく。ハングル文字の様にそれぞれの文字が決まった音をもっているので覚えやすい。思いを込めて丁寧に写す。はがき程度の板に樹木の樹液に蜜蝋を混ぜたインクで葦のペンで書くようだ。


「できた……」


「わっ。ハヅキ。なんでお手本のカインの字より綺麗なの?」


「本当だな。ちょっと悔しいな」


「褒められたー。本当に? 嬉しいな! 私、字を書くのに時間はかかるけど、字だけは綺麗だって言われてた」


「早速、ドウにタオさんに持って行ってもらおうか。ちょっと言いにくいけど、ハヅキお金もってる?」


「どれ位渡したらいいの?」


「街中だから鉄貨五枚でいいよ」


「ねえ、鉄貨五枚で何が買える?」


「あのね、薄いおせんべいが五枚食べられる。それか、甘い蜜がかかった小さなパン一個でしょ。あとは、ナッツのおこしが三つ。時々、見切り品の果物一個。それにね、屋台の人が鉄貨五枚分を分けてくれるの。汁物を小さなカップに入れてくれたり、ちょっと焦げた串焼きの肉一個とか。皆、私たちが孤児院の子どもだと分かってるから、ちょっとずつおまけしてくれたりするんだよ」


 今、葉月が持っている硬貨は、大銀貨二枚、小銀貨二十枚、銅貨三十枚、鉄貨二十枚だ。鉄貨が一枚十円程度と考えると、四万三千二百円が手持ちだ。とりあえず大銀貨二枚はお返ししよう。何かあるといけないのでその他のお金は手元に置いておこう。


 ドウに鉄貨五枚を握らせタオへの手紙と大銀貨2枚を託した。大金を持つため、カインも一緒に行ってくれるというのでカインにもお金を渡そうとすると断られた。


「俺は夕飯前の散歩だ」


 思春期男子の不器用な優しさに頬が緩んだ。


***


 ドウがタオからの返事を持って帰ってきた。


『無事でよかった。心配していた。金は無理して返さなくてよい。元気で。タオ』


 葉月は嬉しくなった。タオさんの見た目と文面がリンクしている。タオさん優しい! お金を返している間はもうしばらく文通できる。そのためにはお金を稼がなければ。こちらでどんな仕事ができるだろう。明日、フック神官長に相談しよう。


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