第21話 葉月の中の姫
葉月は目を覚ました。暗い室内。窓はガラスがなく、木の板で閉じられている。ここは多分、神殿の管理人室だろう。
あの不思議な現象のあと、気絶したのだろう。重い葉月をベッドに寝かせるのは大変だっただろうなと、自分がやらかしたことをなるべく考えないようにしていた。
手鏡を探す。手鏡はベッド横の机に置いてあった。ゆっくりと起き上がり、ベッドサイドに足を下し、手鏡に話しかけた。
「姫、姫、今話せる? 姫?」
何度か声を掛けると姫の声が頭の中から響く。
「葉月! あんなに光るとは思わなかったぞ。精々、蛍光灯の明かりくらいだと思っていたのだ。倒れたのは、急に魔力を使ってしまったのだろうな」
葉月は、これまでの手鏡から聞こえてくる感覚が違うことと、手鏡に映る自分の顔を見て不思議に思った。
「ねえ。姫。今、どこにいるの?」
「ああ、葉月の中に入っているぞ。このままだと危険だと思ってな。神界の妾の家臣共には止められたが、葉月が心配で分霊して入ったのだ」
姫の説明によれば、分霊とは神霊を分けて他所で祀ることを指す。今回、姫はティーノーンのガネーシャ神と同じように分霊し、葉月の中にその力を宿した。分霊は分割とは異なり、同じ能力を持ち続ける事ができるそうだ。
「妾は、葉月に危険が及ぶ時のみ守ろう。妾の力を他の者を攻撃することに使用できないようにしている。また、死者を蘇らせたりはできない。期間は葉月が魔法を習得し、この世界での生活が安定するまで。妾が力を貸すことができるのは、葉月の防御のみとしている。今回は天照大御神様に相談しているので、大丈夫だと思うぞ」
葉月は、魔力が体内を巡る感覚を感じ取り、姫が分霊して自分の中にいることを確信した。その瞬間、胸の奥から嬉しさが込み上げた。
「姫。私達、これからずっと一緒だね」
その時、突然扉が開いた。フック神官長やサメートが部屋に飛び込んできた。後ろにはクラをはじめ、沢山の神官が付いてきている。
「ハヅキよ! 起きたのか? この神気の高まりはなんだ? 何があったのだ!」
さすが高位神官は違う。もう姫の存在に気付いているのだろう。周りの神官は即座に何かの魔法を発動させている。
「わ、私は何も知りません!」
葉月は何故か姫の存在を知らせて良いのか戸惑い、ごまかした。
「ハヅキ、何があったか話しなさい!」
鋭いフック神官長の一喝で、条件反射で話してしまう。これは、弥生や恵兄ちゃんに訓練されているから仕方ない。
「はい! 私の日本の守護神が、その……私の中にいるんです。魔法の習得ができるまで、しばらくいるらしいです」
「……」
神官たちは固まってしまった。神託を受けるのは高位神官だ。しかし、目の前の転移者は神の声がただ聞こえるだけではない。その体に神が宿っているのだ。神官たちは輪になり、自分たちの意見を話し合っている。
「フック神官長様、ハヅキ様を神殿にお連れしましょう」
「いや、ハヅキの守護神はティーノーンの神々ではない。異世界の神なのだ。我々の干渉すべきところではない」
「このような孤児院の管理人を任せてよいものでしょうか? 客室にお通しした方が良いのでは?」
「フック神官長様、今、簡易的に鑑定魔法を使用したのですが、前回同様魔力量も使用する魔法も底辺です」
葉月は客人として本殿に移ることを提案されたが、それを拒否し、孤児院の管理人としての生活を続けることを選択した。魔法の件は葉月の体調を考慮して、明日フック神官長が対応してくれるようだ。
***
朝の騒動も収まり、今は午後の自由時間だ。目の前にはギギギと音がしそうにぎこちないクラがいる。前かがみになり、お腹を押さえている。隣にはシリがいて、一緒にバンジュートの文字を教えてもらう予定なのだが、いかんせんクラは使い物になりそうにない。
「ハヅキ。クラがね、葉月の中に女神さまがいるって言うんだけど本当?」
「うん。でも、私が困った時だけ手伝ってくれる約束なの。魔法も見守ってくれるだけだから」
「そうなんだ。でも、昨日の灯りは眩しかったねー。私は神官様達の後ろの方で見てただけだったんだけど、昼間みたいだったよ」
「そう? うまくコントロールできるようになったらトイレの時ついて行ってあげるから」
「あはは。よろしくね」
葉月は人見知りだがシリがどんどんかかわってきてくれるので話しやすい。それに大人でも異世界人であっても物怖じしない性格は大物になる予感がする。そんなシリに促されてクラが席を立った。部屋で休養するらしい。
シリの年齢は来月十三歳なので中学一年生だ。日本の子どもと比べて小柄な方だろうか。百五十センチメートルないくらいに感じる。ただ、葉月は中一の時は既に百七十センチメートルを超えていたので基準にはならないが。シリは見た目も可愛い。アジア系の顔立ちだから親近感がわく。あと何年かしたら、〇〇坂のメンバーに推薦できるくらい可能性を秘めている。その代わりに、シリは男の子を連れてきた。葉月と同じくらいの身長で塩顔の雰囲気イケメン風だ。正直に言うとモブ顔だ。クラの代わりに字を教えてくれるという。
「ハヅキ。この子はケムカイン、カインって呼んであげて。こんなんだけど、字がとても綺麗なんだよ」
シリは自分の事でもないのに、自慢げで嬉しそうに教えてくれる。葉月は共感した。男子の字が綺麗だとなんかキュンとする。芸能人の結婚報告が直筆で美文字だと気になってしまう。
「なんだよ。こんなんって。無理やり連れてきてさ。あ、あんた昨日スゲー魔法ぶっ放したニホンジンだってな。手紙書くなんてのんきだな。湖の近くは人族だってあんまり受けが良くないんだぜ。何てったって、人族のニホンジンが湖や森をぶっ壊して、黒い雨を降らせたんだからな。おかげで俺達みたいな顔つきで黒髪黒目に近い孤児は引き取り手が無いんだぞ!」
「あ……」
何も言えなくて絶句する。
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