第20話 魔法の発動

 葉月は姫からティーノーンのピンクのガネーシャとローマ神話のラウェルナの話を聞いた。姫は痛い授業料だったと苦笑していたが、息長足姫の傷心を思うと怒りが湧いてくる。 


「酷いよ! 何となくねずみ講っぽいとは思ってたけど、そのものだったんだね。犯罪じゃないって言うけど、身内に売られた感は辛いよね」 


「そうなのだ。妾には友と呼べる気安い友人は居なかった。妾の周りには人が沢山いる。剣や弓の鍛錬を共にし酒を酌み交わし軽口を叩く家臣達や、流行りや噂話に通じている姦しい侍女達もいて、毎日が不自由なく快適に過ごせていた。立派な夫も子もいるが、それとは違う友人が初めてできたと思ったのだ。ラウェルナにとっては友達でもなかったようだがな。


今は少し落ち着いて、寂しい妾の心が弱くてラウェルナに依存していた事は自覚したぞ。まあ、ラウェルナも数値目標があったのだから切羽詰まってたのだろうとも思える様になってきた」


「えぇー? 姫ってお人好しだよね。でもさ、今そのラウェルナに会ったらどうする? まだ怒ってはいるんでしょ? 姫はファイターだからやっぱりボコボコにしちゃう?」


「葉月の中の妾はそんなに好戦的なのか? 妾は武の女神だが、安産や子育ての神でもあるのだぞ。慈悲深い広い心の主なのだ。次にラウェルナにあったら、抱擁して頬に挨拶の接吻もするぞ」

 

「嘘だぁー」


 姫は鏡越しに葉月と目を合わせ、二人で肩を揺らしくつくつ笑った。


 葉月はふと思いだし姫に聞いてみる。


「明日から魔法の練習だけど私、魔法って使えるの?」


 姫は懐から美しく大きい革表紙の本【神界で一番やさしい異世界転生・転移マニュアル】を取り出した。


「地球には魔法は無いからな。……実は妾も魔法の事はよくわからないのだ」


 葉月はやっぱりと思った。葉月は深く考えずに行動する軽はずみな姫に親近感を持ち、友情のようなものを感じ始めていた。


「魔法がない土地から移動し魔法を使えるためには、自分の中の魔力を利用したり、その土地のマナを利用するそうだ。マナとは自然界から吸収できる魔法を使えるエネルギーらしい。ティーノーンは……あった」


 姫は厚い本の中からティーノーンの魔法について書いてあるところを指で示しながら読んでくれた。できれば転移前にやってほしかった……。その本にはこのようなことが書かれていた。


『ティーノーンに住んでいる人族・獣人族・亜人族などが魔法を使う場合は自然界のマナを利用している。マナの濃度が高い場所に生息したり、その場所で育った食物を継続的に摂取すると通常の生物が強大化した魔獣になる。マナの濃度が急激に濃くなると魔獣が攻撃的になるので、バンジュート国では定期的に魔獣狩りが行われている』


『魔力を使う人族・獣人族・亜人族などがマナの濃度が高い地域に長時間滞在するとマナ中毒になる場合がある。地球で言う高山病の様な症状(頭痛・吐き気・嘔吐・意識障害・運動失調・呼吸困難)などが現れ、速やかに退去しないと死に至るケースもある』


『地球人がティーノーンで魔法を使う場合は、自分の魔力を利用して魔法を発動する。そのため、ティーノーンの人族・獣人族・亜人族などの魔法を使用する回路とは違うとされているが、まだ研究は進んでいない』


『地球人を転生・転移させる場合、ティーノーンの神々に申請し、許可を得てから行う。ティーノーンの神々との親交が無い場合、転生・転移を断念することも考えられる。無理に転移すると、地球の神や仏の加護や保護が無効となる可能性がある。そのため、無理をせず現地コンサルティングを受けることを推奨する』


 葉月は現地コンサルタントについて考えた。ピンクのガネーシャのことだろうか? しかし、姫は直接ティーノーンの神々に許可をもらったらしい。葉月は、自分がもう魔法が使えるのではないかと思った。そして自分の中の魔力を使ってみたいと思った。葉月は「息長足姫のいとし子」であるなら姫にお願いをすれば使用できるのではないか。室内だとライトにしてみよう。神殿では油を節約するために早めに就寝するように言われた。ライトの魔法ができたら夜も作業できるし、トイレも怖くない。葉月は工事現場のライトの明るさを思い浮かべながら手鏡を立てかけ、祝詞で発動するか実験することを姫に告げた。


「ティーノーンの神々には許可をもらっているのだ。魔力も葉月のものを利用するのだから、やってみればよい」


 手鏡の中の姫に見守られながら略拝詞りゃくはいし奏上そうじょうをはじめる。ニ拝、二拍手、一拝。幼少時、母の実家の神社で教えられたようにお辞儀の角度、手の配置、声の出し方など細かい作法にのっとり祈願する。


「かしこみ、かしこみ。はらえたまえ、きよめたまえ、かむながら守りたまえ、さきわえたまえ。ライト!」 

 

 清浄な風が吹いて部屋のシーツを揺らす。葉月が両手を天に掲げた瞬間、全身から眩い光が放たれた。まるで葉月自身が太陽のようだ。狭い室内の壁や家具はその強烈な光に包まれ、影一つ残さず照らされている。


 葉月は自分から発せられる光に驚いた。あまりにも眩しく目を瞑るが目の奥が痛いくらいだ。早く消さなければと焦るが、自分の中のエネルギーが放出されていくことを呆然として感じる事しかできなかった。


 その時、部屋の外で人々の声が騒がしくなった。木製の窓やドアの隙間から溢れ出す光に誰かが気付いた様だ。


 突然、ドアが開き、サメートの声が響いた。


「ハヅキ! 大丈夫ですか?」


 葉月がサメートの方を向くと、光が一瞬にして消え、辺りは暗闇に包まれた。あまりの明るさに誰も灯りを持ってきていなかったのだ。すぐさま神官たちが詠唱し、松明程度の灯りが数個灯った。意識を失う直前、葉月は自分が横たわっていることをぼんやりと感じた。


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