第19話 神殿で迎える初めての夜
「あの、手紙って書けますか?」
「ええ。でもハヅキはこちらの文字が書けますか? 代筆しましょうか?」
サメートが代筆を申し出てくれた。タオには世話になり心配もかけているだろう。無事な事だけでも伝えたい。
「良いんですか? 読めるのですが、書けないようです。宛先は、この街に入る前にお世話になった方で、『カワウソ亭』で用心棒をされている方に出したいのですが」
「ああ、タオですね。『カワウソ亭』までは歩いて半時間ほどですよ。会いに行かれてはどうですか? カワウソ亭は湖で採れる魚料理が美味しい店ですよ」
葉月はタオに会えると嬉しくなったが、日本人と聞いた時の表情を思い出すと躊躇してしまう。
「でも、カワウソ亭の息子さんとお嫁さんを戦争で亡くして、その……。多分、私に会うと思い出されてしまうので」
「そうですか? では無事を知らせる旨を書きましょう。子どもたちにお駄賃を渡せば、郵便より早く正確に届けられますよ」
葉月は郵便制度がどのようになっているか心配した。翻訳機能では郵便と言っているが、確実なものではないのだろう。子どもたちにお願いすることにしよう。
「お手数ですが、お手本を書いてもらえますか? 自分で書きたいんです」
「そうですね。それならば明日の勉強の時間にクラに指導してもらいましょう。では、ゆっくりおやすみなさい」
テーブルの向こう側から、クラが急に緊張したことが分かった。フック神官長とサメートは子どもたちとクラに挨拶をして神殿に戻った。
明日から、バンジュートの文字の練習と魔法の練習をするらしい。
食後は主にシリに食器の洗い方やしまい方などを教えてもらう。管理人室はベッドと机と椅子、木の箱だけの簡素な造りだった。異世界転移して2回目の夜は、藁を編んだマットレスに清潔なシーツを掛けたベッドで休むことができそうだ。
生活全般で設備を見てみると、台所では竈で調理をしているし、井戸はまだポンプも無く滑車式の
「葉月よ。無事、神殿に保護してもらうことができたか?」
姫だ! 葉月は勢いよく手鏡を持ちベッドに腰掛ける。
「姫! 神殿に迎えてもらうことができたよ。私、孤児院の管理人さんになったよ。結構自由みたい。外出もできるんだって」
姫は安堵したように表情を和らげて葉月を見ている。そして申し訳なさそうにいった。
「葉月よ。妾は葉月に謝らなければならない。葉月はもう元の世界には戻れない。地球に戻しても、どの時代のどの地域に帰るのか分からないらしい。やっぱり妾は『をこ姫』(愚姫)だった。天照大御神様からも叱られてしまった。すまぬ」
姫の心からの謝罪に葉月は何も言えなかった。思わずつぶやいた言葉だったが、葉月は違うどこかに行って、お荷物でしかない自分をリセットしたかったのは本心だ。姫だけを攻める気持ちにはならなかった。
「いいよ。戻れないなら、こっちで頑張るしかないんだもん。姫も、沢山頑張ってこっちの神様にお願いしてくれたんでしょ? 神殿では誰も嫌な事はされてないし、段々街になじめるように神官長様が気にかけてくれてるから。私は大丈夫! もし、嫌なことあったら姫にいっぱい愚痴聞いてもらうから。覚悟しておいてね」
姫は綺麗な顔をくしゃくしゃにして泣いていた。優しくて責任感のある人だ。ちょっと人の話を聞かない事もあるけど、純粋な神様だと思った。
「神様って、全能全知じゃないの? 失礼なこと言っちゃうけど、姫って人間臭いよね?」
「ああ、どうだろうな。物語などは後世の者が神を良く見せようと改ざんしているところもあるのではないか? 妾の神位がまだまだだからかもしれないがな。あの天照大御神様でも弟君の
「あ、知ってるよ。大きな岩の中に隠れてしまう話でしょ。そういえば人間臭いかも。ギリシャ神話の神様も浮気したり、浮気を知って激怒したりしてるね」
「神も愚かな事をする事もあるのだ。葉月を良く知らない異世界などに転移させた妾も愚者だ……」
「またまた。姫、マイナス思考のループにはまるとなかなか抜け出せないんだよ。早めに抜け出した方が良いよ」
「そうだな。ありがとう。それで、葉月は神殿でやっていけそうか?」
「うん。田舎育ちだし、神社の行事や、ハンターの仕事してたから、竈使ったり、井戸から水を汲んだり、意外とこの文明でもなんとかやっていけそうよ。トイレや生理がちょっと心配かな。色々調べなきゃ。明日は森で助けてくれたタオさんに手紙を書くの。銀貨5枚の借金があるから少しづつでも返せたらいいな」
葉月はタオに受けた心遣いを思い出しうふふと思い出し笑いをしてしまう。姫は心配げに葉月を見ている。
「その亀獣人のタオは心根の優しい男なのだな。この世界では結婚も早いようだ。家庭があるかもしれないぞ」
「うん。すごく良い人だった。居候してるって言ってたから、きっと独身だと思う。でも、どっちでもいいの。タオさんが幸せでいてくれるならそれだけでいいかな。
私、この世界ですごいお婆ちゃんなんだって。九十代の健康なオババ様なの。今までは『普通の人』に一生懸命擬態して、誰かが私を好きになってくれるのを待ってたのね。でもね、この世界じゃ明日死んでも天寿を全うしたって言われるんだから、好きに生きようって思ったんだ。だから、とりあえずタオさんの推し活をしようと思っているんだー」
「そうか。葉月がそれでここで生活するのが楽しくなるなら妾はうれしいぞ」
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