第14話 ガネーシャの企みと姫の失意

 ラウェルナが慌ててガネーシャに尋ねる。


「ガっちゃん。私、手続き間違ったみたい! 制限の解除のこと、オッキーに説明し忘れてたの。バンジュートの地元神にナ・シングワンチャーの領主様の所に行ったら大切にしてもらえるって誘われて決めたんだけど、あそこの領主様って凄く短気だとも言っていたから。どうしよう。制限付けてたら怒って殺しちゃうかな?」


「あー。あり得るっしょ。大体、こっちの人の命なんて軽いからねー。多産で死亡率も高いしね。『死んだらティーノーンの神々の庭に行って幸せに暮らせる』って思って辛い事乗り越えるし、死を新たな旅立ちと捉え、辛い現世からの解放と考えてお祝いする世界なんよ。ココは」


「そんな! 葉月は大丈夫なのか?」


 その時、手鏡から葉月の声が聞こえた。 


「姫ー! もしもーし。話せますか?」


「葉月よ! 無事か?」


 姫は震える手を必死に押さえながら手鏡を懐から出し、葉月に話しかけた。


「姫ー! 色々あって何から話したらいいかわかんないよ。とにかく領主さまに、奴隷にされて放逐ほうちくって言われて、森に捨てられて、蜂に追いかけられて、猪に落ちて、鷲に攫われて、亀さんに助けてもらったの!」


 ああ。葉月だ。支離滅裂に早口でまくし立てるように言っているのは通常運転だから、変わりないのだと判断した姫は安心する。とりあえず状態確認が終わったので、もう一度ガネーシャと話し合う必要がある。


「今、日本人だからって森に置いて行かれたけど、助けてくれた亀さんが優しくて街までの道を教えてくれてたの。ようやく森から出られたの。今から街に入って神殿に行くところ」


 散々な目に遭ったというのに、葉月の声には力がこもっていた。葉月は案外強いのかもしれない。


「すまぬ、葉月。止まってくれ。時間が足りなくなるのだ。神殿に行って保護を求めなさい。日本人だからとすぐにどうこうされないようにするから。葉月のことは必ず妾が守るから、心配するでないぞ。夜寝る前に定期的に連絡しなさい。いつも見守っているからな。葉月よ」


「うん。姫、よろしくね。神殿にちゃんと連絡しておいてよ。お願いね! じゃあね」


「ああ、葉月も苦労させるな。もう少し頑張ってくれ」


 せわしなく葉月との通信を終了させる。無事な葉月と話すことができ、姫は全身が脱力し座り込む。


「チッ!」


 そんな時、ガネーシャが舌打ちをした。あからさまな嫌悪の表現に戸惑いながら尋ねてみる。


「ガネーシャ様。妾はあなた様に何かしたのだろうか」


「いやぁ。何か、使えねーと思って」


 ラウェルナが慌ててフォローを入れる。


「ガっちゃん、ごめん! 制限付けたままなのって私のミスだよね。ねえ、ガっちゃん。私も手を貸すから、今から葉月が奇跡を見せたらいいんじゃない? 死なないくらいの流行り病を流行らせて、葉月が流行り病を治療して聖女になったら良いんじゃない?」


「ラウェルナ! 妾はそのような詐欺をするつもりは無い! ただ妾の神位が上がるためだけに、どれだけの人々が苦しむか分からないではないか!」


 ガネーシャが不満げな顔で体勢を変え、息長足姫とラウェルナにズイッと近付き圧をかけるような距離で話し始めた。


「大体ねー、最初のインパクトが大事なんよ。それに葉月とやらが見えたけどさ、大女でデブスのおばさんじゃないか! やっぱ、美幼女か、美少女か、シワッシワの小さいばあさんじゃないとビジュアルがねー。なんか、ありがたみって言うの? 足んないんだよねー」


「妾は、ガネーシャ様は『聖天』で、困難や障害を取り除き福をもたらすとされる、豊穣や知識、商業の神様だと思っておったのだが、違ったのだろうか」


「それは地球のガネーシャだね」


「では、ティーノーンのガネーシャ様は?」


 姫の強い黒曜石の瞳が射るようなまなざしでピンクのガネーシャを見据える。


「はぁ? 僕はねピンクのガネーシャ! 三倍速で願いを叶えちゃうんだよ。しかも『ティーノーンのトップリーダー』だからね。 ティーノーンの神々に転生者を送り込んで、奇跡を起こして信者を増やすのがお仕事なんよ。犯罪なんかじゃないし、信者を増やし、神気を高めて、神位を上げるんだ。お金のやり取りもないから、みんなハッピーになれるビジネスなんよー! 


 余計なお世話かもしれないけど、オッキーも信者さんをもっと増やしたらどう? 信者さんも日本のごく一部の地域だけっしょ? 地球のガネーシャだって欲がないけど、世界規模で知られてるっしょ? 雑貨屋にもガネーシャのプリントされたTシャツとかもあるし。だから、願いを叶える力もあるんだよねー。


 オッキーさぁ、神気が足りなくて声だけの通信でもギリギリっしょ? コレじゃぁ信者さん達も可哀そうだよ。僕を通してくれたら、地球に転生させてオッキーが守護神になって、小さいときから『神様とお話しできる子ども』として売り出せば、オッキーの神気もカツカツから爆上がり間違いなしよ。らうるんにもリベートの神気行くしね。


 これからの時代、神々もネットワークビジネスで成り上がらないとね! あ、もし僕の事を批判するなら、僕より神位を上げてから言ってねー!」


 ガネーシャは細い眼をにんまりと弓の様に細めて、ピンクの鼻を揺らす。姫は悔し気に眉間に深い皺を作っている。


「……葉月が気を付けるように言っていた奴ではないか。妾は、たとえ犯罪ではなくても信者を遊戯の駒の様に扱うのはごめん被る。ラウェルナには悪いが、ティーノーンのガネーシャ様とは妾は相容れぬようだ」


 ラウェルナと仲が良いガネーシャを批判はしたくない。犯罪ではないと言っているが、実際、葉月が窮地にいるではないか! 暴れまわる心を必死で押さえる。ティーノーンの神界で暴れてしまうと、ティーノーンの神々だけではなく、地球の神々にも迷惑が掛かる。姫の心は怒りと悲しみで揺れ動いていたが、冷静さを保とうと必死だった。落ち着くために丹田呼吸法で集中する。


「らうるん。いつもつるんでる友達と違う感じの子だね? めんどくさいのはちょっとねー? 今月順位下がってたから手ぇ出しちゃった感じ? ノルマに焦っちゃった?」


 ガネーシャの言葉が耳に入る。途端にカーッと全身が熱くなるのを感じる。まずい。もう、ここには居たくない。


「失礼するっ!!」


 息長足姫は地球の神界を目指して走り出した。後ろは振り向かない。

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