第13話 ピンクのガネーシャ神

「えぐっ、ぐすん、モグモグ」


 葉月は泣きながら焼き芋を食べていた。地球のサツマイモのようには甘くなく、ジャガイモのようにホクホクはしていなかったが、昨日から温かい物を食べていなかったので、二つ食べ終わる頃には心も食欲も落ち着きを取り戻した。


 鞄の中身を取り出す。ヒョウタンの水筒。灰色の携帯食三個。干し肉こぶし大一個、干した果物こぶし大一個、手拭い一枚、ナイフ一本、厚手の布、硬貨は、大きい銀色の貨幣六枚、小さい銀色の貨幣二十枚、銅色の貨幣三十枚、四角い鉄でできた貨幣二十枚。タオが譲ってくれたウールでできたようなマント。ちょうどいい高さの杖。街に行くには十分な装備だろう。 


 昨日、絶体絶命の時にタオに助けられた。まだ半日くらい一緒にいただけなのに、葉月は何かをするたびにタオを思い出して涙を滲ませている。歩けば手にした杖を見て、サンダルを結びなおしても、水を飲んでいても、タオの優しげな深緑の瞳が浮かぶ。それに銀貨五枚というのは庶民では見ず知らずの人にあげるには高額なのではないだろうか。これは優しいタオが葉月に「生きろ」と言ってくれたのだと思った。


 タオは昨晩、「カワウソ亭」のある街まで後四時間位歩くと言っていた。葉月はタオが去って行った獣道を歩き出した。しばらく進んで気づいた。歩きやすい。所々枝が払われ、草が刈られている。


「タオさん……」


 きっとタオが葉月が歩きやすいように、迷わないように、枝を払い草を刈って、二股の所は蔓を結び間違った方向に行かないようにしてくれたのだ。葉月はひたすらに歩いた。太陽が真上に来る頃には、ようやく葉月は深い森から草原に出た。


 街道が見えてきた。街道沿いの木陰に座り、水を飲む。そうだ、姫の通信ができると言っていた時間ではないだろうか。胸元から手鏡を取り出し、話しかけてみる。


「姫ー! もしもーし。話せますか?」


***


 息長足姫おきながたらしひめはピンク色を基調にした極彩色の部屋にいた。熱い風に乗って、白檀にフローラルな香りがブレンドされた香が漂ってくる。少し強すぎて、姫は息を詰めてしまいそうになった。

 

 部屋の中央には、金色に輝く豪華な長椅子にしどけなく寄りかかるピンクの象がいた。


「……ガネーシャ様?」 


 息長足姫は地球で見かけたことのある神の名前を思わずつぶやく。


 ピンクの象はゆっくりとこちらを見た。象の頭と四本の腕、太鼓腹と人間の体。どこからどう見てもヒンドゥー教のガネーシャ様だ。ラウェルナが親しげに話しかける。


「ヤッホー! ガっちゃん、お邪魔するねー!」 


「ヤッホー! らうるん、元気してた? 急に訪問するって聞いて心配してたよー。何? トラブルとか?」


「あー。うん。それはまた追々話すね」


 ラウェルナはあまりトラブルと言われることが嫌なようで、話を変えた。


「それよりこの子、日本神話支部の息長足姫おきながたらしひめ。オッキーって呼んであげて」


 二人はハグをしている。ラウェルナは小柄なため、すっぽりと覆われている様だ。ガっちゃんと呼ばれたガネーシャは、息長足姫と目線を合わせ自己紹介をする。


「こんにちは。初めましてー。ティーノーンで神様やってます。ガネーシャだよ。地球のガネーシャの分身体。よろしくっ」


 差し出されたピンク色の手と握手する。ガネーシャ様は男性だが、ふんわりと柔らかく、思わずやんわりと握る。常に剣や弓を持って鍛えていてタコやマメがある大きく硬い姫の手だと傷つけてしまいそうだった。見た目は全然違うのに、ガネーシャとラウェルナの手は大小の差はあるがそっくりだった。


 ガネーシャが長椅子に座り、促されてラウェルナは絨毯に直接座った。そして隣に正座した姫の両手を優しく撫でて落ち着かせてくれる。ラウェルナから話を始めた。


「あのねー、ちょっと言いにくいんだけど。転生者をね地球から送ったんだけど、詐欺なんじゃないかなーって思われていて、その誤解を解くためにここに来たの。ガっちゃんを疑っているわけじゃないんだけどねー」


「そうか。らうるん、どこが詐欺みたいに思われてるのかな」


 ガネーシャは想定内なのか、余裕のある笑みをたたえながら対応している。


「そうね『親』とか『子』がいて神位が上がるってトコかな。確認したけど、転移させたら神位が上がることは無いっていわれたのー」


 姫は俯いてぎゅっと握った拳を膝に押し付ける。自分が悪いわけではないのに、責められているような気分だ。ガネーシャは、長い鼻をゆったり揺らし笑った。


「あー、それな。転移させただけでは神位は上がらない」


「なにっ! そんな。妾はもう転移させてしまったのだ。地球に帰してやることはできないのか?」


「オッキー。落ち着いて。ガっちゃんのお話を最後まで聞かなくちゃ。大丈夫。私が付いているわ」


 ラウェルナは息長足姫の肩を抱き、背中を擦ってくれる。じんわりと伝わる体温が息長足姫を少しづつ解していく。


「転移させただけではって言ったっしょ。転移して、ティーノーンの神々の信者を増やす事が大事なんよ。後さ、転移してしまったら地球には帰れないよ。時代や場所にこだわらなかったら地球には戻せるんだけどさ、それでも転移してくる時の何倍も神気が必要になるからね。オッキーには無理っしょ。研修で習わなかった?」


 息長足姫は衝撃の事実に首を横に振るだけだった。


「えー? 私は覚えてなかったな。戻れなかったら、どうしてあげたらいいのかしら?」


 少しずつ違和感が増してくる。ラウェルナの対応が台本を読んでいるように聞こえ始める。


「そうだねー。研修の時は『均衡を保てなくなるから』とか言われて、オッキーは制限付けてない?」


「付けてるぞ! マニュアルに沿って転移させたからな」


「そう。そうなんだ。その制限を付けるとちょっと困るんだよね。何でかって言うと、神殿や寺院や教会で奇跡が起きることが信仰を集めるのに効果的なんだよねー。制限付けたら奇跡だと思うような魔法が使えないっしょ」


 息長足姫は頷き、話を促した。


「だから、オッキーの転移者さんの制限をチョーッとだけ外してくれるだけでいいんよ。ティーノーンの神々もね、信者さんを増やさないと神位が上がんないっしょ? 転移に昔から協力的なんよ。なんかねー、地球人の魔力ってさ、ティーノーンでは何十倍になるんよ。だから、オッキーが送った転移者さんを大切にしてほしいなら、神殿や寺院や教会で『鑑定の儀』の前にした方がいいかなーって。僕が色々手配してやるって言うのに、らうるんが自分でするって言うから今回初めて任せてみたんだけど、まだ早かったかな?」


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