第12話 さようなら王子様

 松明を持って暗い獣道を二人で進んだ。思っていた以上に葉月の足が遅かったようで、深夜近くなっても「カワウソ亭」には辿り着かなかった。


「今日はここまでじゃな。ハヅキ、少しでも進もうと思って無理させてすまんじゃったの」


「いいえ。ごめんなさい。私に合わせてゆっくり歩いてもらっていたんですよね」


「たまには道をゆっくり点検しながら進むことも必要じゃよ」


「真っ暗で点検なんてできないじゃないですか」


 タオは、ニカッと笑ってその形のいいスキンヘッドをツルりと撫でて言った。


「まあ、気にしなくて良いと言うことじゃ」


「タオさん……」


 葉月は衝撃的な出会いも含め、優しくて細々と世話を焼いてくれるタオにすっかり心を奪われてしまっていた。


 道中タオは常に葉月を気遣っていた。冷たい湧き水を汲んだり、葉月の足に薬を塗って手拭いで作った包帯を巻いたり、休憩をすると甘い果実を採ってきてくれた。葉月は四十三歳になるまで、接した男性から受けた気遣いを全て合わせた以上の優しさを感じていた。


 葉月は自分に自信が無い割に惚れっぽい。常に誰かに自分を求めてほしいと思っていた。なまじ先祖代々の土地が多く、不動産など葉月名義の不労収入があるため、本格的な結婚詐欺にも引っ掛かったり、デート商法や出会い系アプリで知り合った男にロマンス詐欺を仕掛けられたりと、標的にされることが多かった。全て弥生が未然に防いでくれたおかげで、葉月は致命的なダメージを負うことは少なかった。


 その後も恋愛関係では散々痛手を負った。四十代になった今では三次元の男性に対してすっかり不信感を抱いており、アイドルや二次元の世界に逃避していた。しかし今、葉月は久しぶりに生身の男性にときめきを感じていた。


 焚火を囲み、タオは灰色をした携帯食を葉月に分けてくれた。葉月はポームメーレニアンにもらった干し肉や干した果物を差し出した。


「そこまで旨くはないが、水と一緒に食えば腹が膨れるのじゃ。寝る時に空腹じゃと眠れんでな」


「じゃあ、タオさんが休まれた後にいただきます。どうぞ先に休んでください」


「なあに。これでも元冒険者じゃ。1日ぐらい寝なくても大丈夫じゃよ。ワシが朝まで見張っておくから寝たらいい。異世界からきて、バーリック様に追い出されて、魔獣に捕まったり大変な一日じゃったろうて。ゆっくりと休めばいいのじゃ」


「ありがとうございます。なんでタオさんはそんなに優しいんですか?」


 タオの表情が一瞬曇る。そして何かを思い出すように微笑みながら言った。


「特別優しい訳じゃないと思うのじゃが、強いて言えば行先を失くした優しさを分けておるから、じゃろうな」


 葉月はあまり深く聞いてはいけない様な気がして、硬い干し肉をひたすら咀嚼しながら返事だけをした。


「そうなんですね」


「さあ、食ったら寝るんじゃ。泥のように眠るといい」


 タオが刈ってくれた草をおしりに敷き、ポームメーレニアンにもらった布にくるまって木にもたれて眠る。いつの間にか鞄を枕に横になっていたようだ。体の上にはマントらしきものが掛けられていた。空はもう明るくなりかけていた。思ったよりも体に痛いところは無い。葉月は背伸びをしながら、タオを探した。焚火の火を調整しているようだ。


「タオさん。おはようございます。すっかり寝てしまって。コレ、ありがとうございました」


 綺麗に畳み、マントを返した。


「ああ。おはよう。よう眠っていたのう。ハヅキ、もうちっと警戒心を持った方が良いと思うぞい。男と二人旅なんて危ないじゃろうが」


「タオさんがいてくれたので、安心していました。そうですね。いくらタオさんが見張ってくれていても、二人なのだから私ももう少し周囲に警戒しないといけなかったですね!」


「いや……。まあ、気を付けるに越したことは無いといいたかったのじゃ」


「はい! 私が住んでいた日本は安全だったから、平和ボケしているって言われてましたから。気を付けます!」


 葉月の返事を聞いてタオの顔色が急に変わった。強張った表情でタオが聞いてきた。


「ハヅキ! お前はニホンジンなのか?」


「ええ、そうですけど……」


 タオの表情を見て、メーオから言われた言葉を思い出す。


『バンジュートでは、ニホンジンってだけでも嫌悪の対象になっているよ。ただしバンジュートのニホンジンは今ハヅキ一人だけだけどね』


 そうだ。今葉月はこの国で唯一の嫌悪の対象なのだ。石を投げられるだけでは済まないかもしれない。


「あのっ。私は日本人ですが、魔力も極小で魔法も使えません。小心者だから、悪い事はできません。ターオルングのニホンジンとは違います!」


「……」


 タオは無言で焚火の始末をしている。その表情は硬いままだ。葉月は座り込んだまま、動けないでいた。


 葉月の肩にマントが掛けられる。連れて行ってくれるのだろうか。タオの顔を見る。その眉間には深い皺が刻まれ、口は堅く引き結ばれたままだった。葉月の手に、手拭いに包まれたまだ温かい焼き芋の様な物が二つ置かれる。


「お前を連れて行くことはできんのじゃ。カワウソ亭の亭主とおかみさんは、ターオルングのニホンジンの石化の呪いで去年一人息子とその嫁を亡くしておる。今は双子の孫を宿屋と食堂をしながら育てておるのじゃ。とても合わせることはできんのじゃ」


「そうですよね。わかりました……」


 カワウソ亭のご夫婦の悲しみはどれほどだろうか。双子の孫の成長を喜びながら、その成長を見せてあげたかったと思うだろう。そしてターオルングのニホンジンに対して憎しみが増していくのも無理はない。ハヅキを受け入れられないのは当然だと感じた。


 タオは葉月がニホンジンだと知った今も心配をしてくれている様だ。


 新しい湧き水をヒョウタンの水筒に詰め替え、葉月のバッグに灰色の携帯食を詰めてくれている。適当な木の枝で杖を作ってくれているようだ。そして葉月の手に銀貨を5枚持たせてくれた。


「街に入るときに神殿に登録をしておらんと通行料が銀貨一枚かかるのじゃ。そして神殿に行き『鑑定の儀』を受けるのじゃ。『鑑定の儀』は銀貨三枚かかる。困ったら神殿に相談するのじゃ。絶対に、他人にニホンジンだと言わんようにするのじゃ。わかったか。ワシにできるのはここまでじゃ」


 言い含める様に葉月の肩に手を置き、力が籠められる。


 タオはそれ以上何も言わず獣道を進んで行った。葉月は深くお辞儀をして、タオが見えなくなるまで見送った。


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