第11話 王子様が現れた?
「何てバカな事をするんじゃ! 崖から飛び降りるなど無茶しおって!」
現在、崖の下の洞窟の中。葉月はムキムキのスキンヘッドの男に説教をされている。
しかし、葉月の頭の中はそれどころではない。目の前には堂々としたスキンヘッドの男が立っている。彼の圧倒的な筋肉量と、その強さと男らしさの象徴たる姿に葉月は心を奪われていた。形のいい後頭部からしっかりした顎のラインに沿って生えた金とビリジアンを混ぜた髭はノーブルさを感じさせ、威厳と貫禄が見て取れる。そして自らの危険を顧みず、女の危機を救う勇気。ビリジアンの瞳は見つめると引き込まれそうに深い緑で、ずっと見ていたいと思う色だ。しっかりとした鼻梁と、引き結ばれた唇は大人の色気を醸し出している。
葉月にとって、彼はまるで王子様のように見えた。彼が姫のピンチを救うヒーローなのだと確信していた。そして彼の彫刻の様に鍛えられた体躯から葉月は目が離せなかった。きっと日々鍛錬を積み重ねる努力家で、危機的状況にも立ち向かえる矜持を持っているのだろう。ああ、素敵。
説教は続いている。
「大鷲の魔獣に捕まれている人間を見たので、追いかけてきたのじゃ。隙を見て、巣から救い出そうと思っとたのじゃが、普通考えない方法で逃げ出すから焦ったのじゃ。お前は考え無しのバカじゃろ? 見たところ大人の女に見えるのじゃが、とても女が考えるような脱出方法ではないのじゃ。異国の者か? 聞いとるのか? ビックリして声が出ないのか?」
突然、彼が顔を近づけて葉月の様子を窺ってきた。近すぎる顔に葉月は慌て、ドキドキしながらも礼を言った。
「あのっ、助けていただき、ありがとうございました!」
葉月はお礼の言葉と同時に頭を下げた。途端に石同士をぶつけたような音と、額に手を置いて
「ああっ! すみません!」
高速で謝罪のお辞儀を繰り返す葉月に、片手で制止しながら男は顔を上げた。眠たげなたれ目が涙目になっている。
「ものすごい石頭なのじゃ。タンクのワシを怯ませるとは。そして、自身はダメージもさほど受けていないように見える……。強者なのじゃろうか?」
「大丈夫ですか? 石頭なのは認めます。助けてもらったのに、ごめんなさい」
素敵な王子様に出会ったのに頭突きしてしまうなんて、葉月は申し訳なくなってしまった。
「どうして、危険な森にいたのじゃ? お前は異国の人族の様じゃが、ナ・シングワンチャーの荘園から来たのか?」
親切そうな人の様に見える。助けてもらったのだから事情を話さないと失礼に当たるよね。
「あの私、葉月って言います」
「ハヅキ? 聞きなれない名前じゃな。これでも異国にはよく行っているんじゃがな。ワシは亀獣人のタオじゃ。元冒険者で今は宿屋の居候兼用心棒なのじゃ」
「タオさん、ですね。私、異世界から転移してきたんです。でもナ・シングワンチャーのバーリック様から魔力が少なくて追い出されてしまったんです。行くところがなくて、城壁の中に入ろうと壁沿いに移動してたら、蜂に追いかけられ、猪に落ちて、鷲に攫われたんです」
「……それは、冒険者だったワシでも一日のうちに遭遇したことは無いのじゃ。大変だったの。それで大森林を越えてきたと。凄い運の良さじゃ」
「そうなんですか? バーリック様に放逐、とか言われたんです。どうしていいか分からなくて……」
「はあ……。なあ、お前さんは大森林で死ぬことを望まれていたのじゃよ。一度ナ・シングワンチャーを放逐されたなら、もう二度と城壁内には入れないのじゃ」
「本当にそんなことって……」
「この頃、異世界転移者や転生者と名乗る者がティーノーンの世界中で沢山出て来とるらしいが、それと関係あるのじゃろうか? いくつかの近隣の国では勝手に転移してきたものは即処刑と聞いておる。お前さんも、気を付けるんじゃな。じゃあ、ワシはこれで……」
にべもなく、別れの挨拶をしようとする愛しの王子様の腕を葉月はひしとつかんだ。
「私も連れてってください!」
「いやー、難しいのじゃ。さっきも言った様に、ワシは友人の宿屋の一部屋を借りて居候しているのじゃよ。魔獣を狩ったり、薪を準備したり、冒険者ギルドでアルバイトして置いてもらってるんじゃ……」
「そんなー。私、タオさんしか頼る人がいないんです! どこに行けば良いかもわからないんです。このままじゃあ、野垂れ死んでしまいます。死ぬとき、あなたの顔を思い出して死んじゃいますよ」
「さりげなく脅してくるのじゃ。まあ、夢見は悪そうじゃが」
タオは葉月の勢いに押されながら答えた。
「その宿屋さんまででいいんです。ご友人に合わせてください! 私、頑張って働きます! 普通の女性より力持ちです! 薪も割れます! 料理もできます! 猪捌けます! 見捨てないでください!」
「いやー。そうまで言うんじゃ仕方ないのじゃ。カワウソ亭まで一緒に行くとするか。ここからなら、歩いて半日くらいじゃろうて」
いつの間にか、2メートルを優に超えていた身長は175センチメートルの葉月と同じ位に縮み、筋肉もぺしゃんこになっている。胸筋などは、通常の男性よりなさそうで薄い。
葉月は驚いた。あの素晴らしい筋肉はどうしたのだろう?
「あの、なんで縮んでいるんですか? 絶対あちらの方がモテますよ」
タオは笑いながら答えた。
「ああ、あれは一時的に筋肉を増強しているだけじゃ」
葉月はさらに驚いた。
「そんなことができるんですか? どうやって?」
タオは少し考えこんでから説明を始めた。
「ワシは亀獣人で、特別な訓練を受けてきたんじゃ。マナを練り上げることで、一時的に筋肉を増強することができるんじゃよ。これは戦闘時や緊急時に使う技で、普段はマナを節約するためにこの姿でいるんじゃ」
葉月は感心した。
「すごいですね。そんな能力があるなんて」
タオは微笑んだ。
「まあ、長年の訓練の賜物じゃな。だが、マナを使いすぎると疲れてしまうから、普段はこの姿でいるんじゃ。それにもう冒険者は辞めたので、久しぶりにマナを大量に使ったのじゃ」
葉月はさらに質問を続けた。
「じゃあ、あのお姿はいつ見られるんでしょうか?」
タオは少し考えてから答えた。
「戦闘時や緊急時にはまた見られるかもしれんが、普段はこの姿でいることが多いじゃろうな」
葉月はとても残念だったが、タオの説明に納得した。
「なるほど、そういうことなんですね。いつもは、そのお姿なのですね……」
明らかに落胆した葉月に、タオはおかしそうに笑いながら聞いてきた。
「筋肉が好きなのか?」
葉月は目を輝かせて即答する。
「はい! タオさんの筋肉を見ることができて、その胸に抱かれるなんて夢みたいな一時でした」
ウットリと幸せな時間を反芻している葉月にタオは心配げな目を向けている。
「そんな事を言ってると、筋肉バカな悪い冒険者崩れにすぐ利用されそうじゃな。ますます一人にはできそうにないな。さあ、付いてくるんじゃ。カワウソ亭に着くころには深夜になりそうじゃ」
葉月は、今はしぼんでしまったが優しい王子様に付いて行くことにした。
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