第22話 デジャブ

「ねぇ……何で文ちゃんとメスガキ紫子、昨日の今日でこんな打ち解けちゃってんの?」


 僕の隣で頬杖をつきながら、華乃が対面に座る文と紫子をジトッと見やる。


 紫子のモサモサ騒動があった翌日。

 昨日の今日で、また僕たち四人は僕んちのリビングで晩ご飯を囲んでいた。今日は華乃が洋食を作ってくれたのだが、その間にも、紫子はリビングで文とじゃれ合っていたのだった。うん、確かに懐きすぎだろ、昨日の今日で。


 ちなみに両親は昨日の今日でまた逃げた、わけではなく。今日は柚木家に挨拶に行っているようだ。紫子の様子を伝える目的もあるのだろう。まぁ紫子に口止めされてる部分も結構ありそうだが。特に父さんはなぜか不倫疑惑かけられて弱み握られてるし。そんで預かってあげてる側なのにお前らが挨拶行くのかよ。完全に上下関係できてるな。


「えー? だって文先輩は誰かさんと違ってわたしに意地悪しないですしー。メス臭がしないですしー」


「は? 昨日は文ちゃんがじょーたを狙ってるぅーだとかゆー、意味不明な鳴き声出してたじゃん」


「あれはわたしの愚かな勘違いでしたー。わたしはメス猿じゃないので、自分の過ちを素直に認められるんですっ。ね、文先輩?」


「あまりくっつかれると食べづらいのだが」


 華乃特製牡蠣バターソテーに箸を伸ばしていた文に抱きつくニコニコ紫子。なぜうちの女子たちは僕に亜鉛をとらせようとしてくるのか。華乃の牡蠣バターは絶品だから良いけど。うん、年々美味くなってるのマジでヤバい。


「ふーん、そ。そーゆーことね。うぷぷっ……あはっ♪ 陰毛モサモサ同士で慰め合って、仲良くなっちゃったってことかー。ウケるー。ね、じょーた? ウケるよねー?」


 ウケないが。まぁ嬉しくて笑顔にはなってしまうが。もっと二人が仲良くなって相乗効果でどんどん陰毛が育ってほしいが。それはそれとして、そうやってTシャツFカップを押しつけられると甘勃ちしちゃうんだが。


「うふふっ、ほんっと、華乃さんはわかってないですねーっ、兄さんのことを! なーんにもわかってない!」


 紫子の方も、今日はいくら華乃に煽られても余裕の表情だ。


「はぁ? あたしほど、じょーたのことわかってる人間なんてこの世にいないんだけど。あんなとこやこんなとこまで……ね、じょーた……♪」


「ぷ。本当は処女なのバレバレですのに」


「は……はぁ!?」


 よかった。華乃が顔を真っ赤にして思いっきりド処女リアクションしてくれる度に安心する。ド処女だとわかってるし信じてるけど、本当は毎日三回くらいド処女であることを確認したい。ナイス紫子。これからも毎日四回くらいド処女煽りしてくれ。


「兄さんは、陰毛が濃いことなんて全然気にしないと言ってくれましたので。むしろ自然なままの方が女性としても人間としても魅力的だと語ってくれましたので。当たり前ですけれどね! だって兄さんは兄さんですからっ!」


「そ、そーなの、じょーた」


「まぁ、うん」


 それに関しては結構マイルドにして紫子に伝えておいた。本当は本心丸出しの全力でモジャモジャ至上主義を説きたかったのだが、そんなことをすれば、僕にとって文の陰毛こそが至高だということまでバレてしまいかねないので、泣く泣く諦めた。


「あれれー? もしかして華乃さんはー、永久脱毛しちゃいましたー? うふふっ、メス猿なのに脱毛とか……っ」


「は? してないし、そんなの。あくまでもナチュラルにお手入れしてるだけだし。ふーん。でも、そっかー。ふーん。じょーた、そーなんだー」


「な、何だよ、華乃……」


 今度は僕に対してジトっとした視線を向けてくる華乃。やめろ、フル勃起しちゃうだろ。


「んー? べっつにー? てか、あたしも別に、ほっとけばすぐモサっとするってゆーか? 標準と比べればかなり濃い方だし? モサぁっ……ぐらいのニュアンス」


 やめろ、フル勃起しちゃっただろ。これからは絶対お手入れするなよ。


「九歳でじょーたといっしょにお風呂入らなくなったのも生え始めたからだし」


 それは初めて知ったわ。僕はあのころ全く剥けなかったっていうのに、一足先に大人の階段上りやがって……。


「てゆーかさぁ、文ちゃんも文ちゃんだよねー。今思えば、結局最初にモサモサアピールしてきたのも、文ちゃんだったじゃん。ふーん、そっかー。もしかして文ちゃん、ほんとにメスの臭いでもさせてんの? じょーたの前で本能的に色気づいちゃってんの? ふーん。きも」


 テーブルを指先でトントントントン叩きながら、ジメッとした声で言う華乃。

 ヤバい、普段ザコザコギャルなのに、機嫌悪くなると突然妙な勘の鋭さ発揮してくるという華乃の特性が……! ポケモンにいそう。


 しかし、そんな八つ当たりには全く動じないのが文だ。むしろそんな攻撃すらも自分の戦略に利用してしまうことだろう。ポケモンガチ勢にいそう。


 文はやはり真顔で食事を続けたまま、淡々と、


「まさか白石まで、こんな私を女の子扱いしてくれるとはな。嬉しいが、さすがに君や柚木と張り合おうだなんて思えないよ」


「ふーん、そ。そ! そ! そ!」


「そ、と言われても何も分からないのだが」


「そ! そ! そ! そ! そ!」


 じょーたはわかってくれるんだけど? 以心伝心なんだけど? あんたらが割り込む隙なんてないんだけど? じょーたが優しいからってなに勘違いしちゃってんの? きも。

 らしい。


「とにかくな、そんなに私のことなんて警戒する必要はないということだ。君達は私のことを可愛いだとか言ってくれるが、脱いだらなかなか酷いものだぞ? 私なんて乳輪もとても大きくて品がないし、仮に男とそういう雰囲気になったとしても、最後まで行けるわけがない」


「ふっ、うふふっ! ちょっと文せんぱーい! やめてくださいよ、相変わらず面白すぎますってーっ! 芸人さんじゃないんだから、自分の体をネタにしないでくださーい! ねぇ、兄さん? うふふっ!」


 お腹を抱えて笑い出す紫子。

 文……それが君の言う、自分を下げて、取るに足らない存在だと思わせる戦略ってやつなのか……?


「い、いやぁ、僕は、」


「ふっ、いいぞ、難波。正直に言ってくれて。難波だって、そういう雰囲気になった女の乳輪がものすごくデカかったら、萎えてしまうだろう? 男女の関係になれるわけがないよな?」


 何事でもないかのように、文はそんなことを言ってのける。


 これはさすがに……作戦といえど、見過ごしがたい思いがある……が!

 文がここまでしてくれたのだ。ここは僕も堪えて、作戦に乗ろう。


「……うん、まぁ。僕もさすがにキツいかな、そういう女性は。いや、千里がどうこうって話じゃないけどね? ただやっぱ、そこら辺はお淑やかで上品なサイズであってほしいというか。デカいのは品がなくて引いちゃうっていうか」


 いや、ここまで言って気づいたけど、やっぱただのクラスメイトの男子が口挟むことじゃねーわ。女子トークだから笑えてる類いの話題だろ、これ。


 これはもしかして、悪手だったか……? 今の僕の言動は、不自然だった? 不機嫌モードに入っている華乃の女の勘に……っていうか何か昨日もこんな展開あった気がするな。デジャブ?


「…………ち、ちちちち、ちがっ……あ、あたしのは別に……そ、そもそもFカップだから、それに比例してるだけで」


「え? どうした華乃? なにプルプル震えてんだ?」


 隣の白ギャルがなぜか、真っ赤な顔で俯き、何事かをブツブツ呟いている。


「……デ、デカくないし……っ」


「え?」


「デ、デ……デカ乳輪じゃないもん!! あたし、下品なおっぱいじゃないもん!! ちょ、ちょっとだけ……ちょっとだけピンク面積が広いだけだし!!」


「ええー……」


 結局、両手で顔を覆って、突っ伏してしまう白ギャルだった。号泣しているのであった。

 ええー……。思い出したわ。デジャブじゃなかったわ。完全に昨日と同じパターンだったわ、これ。


「え、まさかメス猿華乃さん……ぷ――うふふっ……あはははははっ! えー? 嘘ですよね、華乃さーん? えー? まさかまさかまさかー? そうだったんですか、華乃さーん? まさかとは思うんですけれどー、兄さんの可愛い幼なじみの華乃さんはー、乳輪が大きくて真っ黒なお下品おっぱいだったんですかー? うふふーっ!!」


 華乃のかたわらにまでシュババっと瞬間移動し、突っ伏す顔の真横でニッコニコニッヤニヤと、とても悪い笑顔で、宿敵を煽りまくる紫子。

 エンドルフィン溢れ出まくってるんだろうなぁ。脳汁ドッバドバなんだろうなぁ、今。

 あ、何か華乃のほっぺをツンツンする右手が震えてやがる。これ、あの日、華乃を骨折させた右手が三年ぶりに訪れたあの快感を思い出して、武者震いしてるんだ! マリア様のもとで溜め込んできた鬱憤をここで発散しようとしてやがる!


「…………っ、ち、ちがっ、黒くないし! 薄ピンクだし! 色は綺麗だもん!」


「色は、ですか。うふふっ、サイズに関しては否定できないんですねーっ!」


「そ、それは……だから! Fカップだもん! 胸が大きかったら乳輪も大きくなるのなんて当たり前だもん! 数学の話だもん! ニューリンの定理って知らないんだー? ばーかばーか!」


「ぷ。えー? Fカップー? 貧乳じゃないですかーっ! わたし、Hカップなんですけどー! 乳輪なんてデカくないんですけどー! うふふっ、わたしより小さいのに、乳輪だけわたしよりドデカい残念お下品おっぱい……そんなのでどうやって兄さんを興奮させるおつもりなんでしょう? 初夜のしっとりした雰囲気で満を持して妻を脱がせたら、ドデカ乳輪がこんにちはしてくるとか……もうコントじゃないですかーっ! 兄さんも大爆笑必至ですっ! おちんちんなんて立ちませんっ! うふふー!」


「違うもんっ! お笑い乳輪じゃないもんっ! た、確かにちょっと大きいかもだけど、ちゃんと気品も備えた……ね、ねぇ、あの、その……じょーた……」


 恐る恐るといった様子で、こちらを見上げてきた幼なじみに、僕は、


「え。あ、あー……うん」


 と、気まずい感じに答えることしかできなかった。絶望したように見開かれた幼なじみの目を、直視できなかった。


 だって。だって、さぁ……。仕方ないって、これは。どうすんだ、この惨状。


「――――っ…………あたし……あたし……っ!! キングオブ乳輪じゃないもーんっ!!」


 と、ついに立ち上がり、駆け出してしまう華乃。玄関から飛び出し、お向かいのお家に駆け込んでいってしまった。誰もキングオブ乳輪なんて言ってない。


「うふふっ! ドデカ乳輪! 貧乳Fカップのくせに! ドデカ黒乳輪! モジャモジャと違って、対処のしようもありませーん! うふふっ、あははっ、うふふふーっ!」


 僕のヤンデレ従妹はもはや床に四つん這いになって、左手でお腹を押さえ、右手でフローリングをバンバン叩いて爆笑していた。僕が座る椅子にまで振動が来ていた。こいつ、その体のどこにそんな力隠してんだってくらい、昔から攻撃力高いんだなぁ。ブラジルのFカップの皆さんに聞かれたら戦争になるからやめろ。


「…………」

「…………」


 無表情で、ひらたけサラダを食べながら、僕に目配せしてくる文。


 うん、頼んだよ、今回も。これはこれで、華乃からの絶対的な信頼を勝ち取るチャンスでもあるんだろう?

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