第21話 モジャハラ

『入り込んだぞ、柚木紫子の懐に。なかなかに難儀な従妹だな』


「番号教えて30分足らずで……有能すぎるぞ、文」


 文宅から引き返してきて、未だ床でゴロゴロ転がり爆笑していた華乃をおんぶしてお向かいの家まで運び、リビングの食器類を食洗機に放り込んで、やっと自室のベッドに寝転がった、そのタイミングだった。


 スマホへの着信に応答すると、第一声で文からのミッション達成報告があった。


『その過程で、柚木の陰毛に対するコンプレックスも取り除いておいた』


「君、こんなことやってないで、もっと社会のためにその才能活かすべきじゃない?」


『どうでもいい、社会なんて。君に都合良く抱かれるためだけに自分の全てを費やしたい』


「電話でよかった」


 30分前に対面で言われてたら抱きついて腰振っちゃってたよ、外で。


『それに、完璧に成し遂げられたわけではない。大きなミスも犯してしまった』


「と、いうと」


『いや、脱毛クリニックに通わせるという展開もあり得たのだがな……そうなれば、おそらく八回ほど……カウンセリングも含めれば九回か……確実に柚木不在の時間を作れたはずなんだが……』


 文の声音には、複雑な思いが込められているように感じる。文自身の葛藤、紫子に対する罪悪感、そして僕に対する配慮や、もしかしたら、不満も――そんな、文らしくもなく揺れる声に、僕が返せるのは、


「あり得ないだろ、脱毛とか。そんな展開は避けて当然だ。大正解だ。文もわかっていたはずだろう、それは。何で少しでもそんな可能性を検討してるんだよ。論外だ、論外。ふざけんなマジで。無能が。無能の極みだ、脱毛クリニック作戦なんて。絶滅しろ、脱毛クリニック、脱毛サロン。脱毛文化!!」


 ガチ切れだった。ガチ切れざるを得なかった。


『……確認なのだが、丈太』


「何だ無能」


『私は本当にこんなモサモサなままでいいのだろうか』


「モジャモジャだろーが、お前は。過少申告するな。謙遜けんそんは嫌いだ」


『せめて、ショーツからハミ出てしまう部分は処理したいというか……』


「ふざけるな。絶対に許さない。むしろもっとハミ出させろ。ハミ出るように努力しろ」


『でも君、ハミ出しているのをつまんで引っ張ってきたりするし……あれ死ぬほど恥ずかしい』


「エロいのが悪いんだろ」


『あれだけ避妊避妊うるさい癖に、陰毛には生で擦りつけてきたり、精液ぶっかけたり、余り汁を拭いてきたりするし。普通に危険』


「仕方ないだろ! 制服を着ているときはしっかりとした優等生でいかにも隙がなさそうなのに、実は陰毛モジャモジャ、ハミ毛しまくりなところが堪らないんだよ! 僕にだけ、そんなだらしのなさを晒してくれるのが、いっち番エロいんだよ!!」


『待て待て、昂ぶるな。隣室に柚木がいるんだろう?』


 そうだった。せっかく作戦が順調に進んでいるというのに、文とのセフレ会議なんかを聞かれちゃったら台無しだ。それに加えて、実は僕がクレイジー陰毛フェチだったなんて、少なくとも今はまだ可愛い従妹に知られたくはない。


 さっきの食卓でも、紫子の陰毛がモサモサだということを知って、しかも紫子がそれを気にして恥ずかしがっているという事実を目の当たりにして、勃起が止まらなかったからな。そんな惨状の渦中では、「え。あ、あー……うん」といった反応しか取ることができなかった。あの場には、陰毛が濃くないらしい、残念陰毛白ギャルもいたわけだしな。


 まぁ、紫子もモサモサレベルではまだ物足りないが。やっぱモッジャモジャのハミ毛しまくり文レベルじゃないとなぁ。これからの成長に期待だな。


『まぁ、陰毛の話はここまでとして。とにかく柚木からの信頼は勝ち取れた。これで、二枚舌外交の前提条件はほぼ整ったと見ていい。まぁ白石からの信頼度ももう少し高めておきたいところではあるが、それはチョロいだろうしな』


「だいたい僕にこんな陰毛への執着を植えつけてきたのはお前なんだからな? 元々の僕にこんなフェティシズムは全くなかったんだ。それをあの日、このベッドで……真っ赤な顔で必死に股間を隠そうとするお前の両手をそっと外させた瞬間――初めてお前のモッジャモジャを見せつけられたあの衝撃を、僕は一生忘れないからな……! あー、ちくしょう、何やってんだ、あの日の僕。初めて記念の陰毛を採取して、押し花ならぬ、押し毛のしおりにでもして保存しておくべきだった。このベッドサイドの隙間にあの日の陰毛挟まったりしてないかなー」


『会話が成り立たない。どうしても陰毛の話がしたいというならこの機会に言わせてもらうがな、丈太。私の髪の毛を部屋に残さないようにしつつ、しかし陰毛は残していけという指示は、さすがの私にも簡単ではないのだが。未だに面倒なんだが』


「そうは言うけどさ。僕の陰毛だけ残して、お前の陰毛だけ回収しろなんていう方がよっぽど面倒くさいだろ? でも僕の部屋に僕の陰毛が全く落ちていないなんて、めちゃくちゃ不自然なんだよ! 何かを隠そうとしてるのが丸出しなんだ! 少なくとも紫子なら怪しんでくる! それならまだお前の陰毛が落ちていた方がよっぽどマシなんだよ! あんな陰毛が女子に生えてるだなんて誰も思わないからな! 僕か父さんの陰毛で通せる!」


『モラハラが酷すぎる。何かもう、これはセクハラにも分類出来ない類いの精神攻撃だと思う。モサハラだ。興奮する』


「過薄申告するな。モジャハラだ。文句あるなら男の陰毛だけがくっつかない、都合の良すぎるコロコロを開発しろ!」


 陰毛だけがなぜか濃いとかいう都合の良すぎるお毛っけ事情しやがってよぉ、全身の体毛がVとIに集中してんのか、このドスケベモジャモジャ女が!

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