第11話 そ
「ふーん、へー、そなんだ。へー、ふーん。あたしは反対だなー、ただの親戚とはいえ年頃の女の子が同居とかさー。あ、じょーた、ほっぺにご飯粒ついてる。あはっ♪ 相変わらず子どもー♪ 生まれたころからずっと、誰かさんと違って空白期間なしで毎日会ってきたあたしの前だからいいけどさー」
「この白ギャルさんはなぜ丈太兄さんのほっぺに自分の指でご飯粒をつけておいて、それを摘まみ取って食べているのですか? 新種の猿の習性か何かなんですか? そもそも何で親族でもない女性がわたしたち新婚家族の食卓に? 紫子は説明を求めます、兄さん」
「ご飯がとてもおいしい」
「あはっ♪ あたしのビーフシチュー好きだもんねぇ、じょーた。この三年間もいっぱいおねだりしてくれたもんねー」
「白米にビーフシチューって……大変でしたね、兄さん、三年間も金毛猿に付きまとわれていたなんて。今日はぜひわたしの豚汁で疲れた心を癒やしてください。兄さんは昔からわたしの作る和食が大好きで、わたしの実家にいらっしゃった時にはいつも激しく求めてくださいましたものね……」
どっちもおいしいけどどっちかにしてほしい。
すまん、文。やっぱ無理です。この二人の修羅場を操ろうとするとか頭おかしいって。
19時。リビングにて。
僕たち三人は、とても豪勢な食卓を囲んでいた。間違えた、囲んではいなかった。テーブルの一辺に並んでいるからだ。僕の右側に華乃が、左側に紫子が座っている。二人とも部屋着がラフすぎるし距離が近すぎる。
ちなみに両親は逃げた。結婚19年10ヶ月27日を記念したデートとかほざいていた。そんな記念日あるか。あと姉さんの生年月日から逆算したらお前らデキ婚じゃねーか。こんなことで知りたくなかったわ、そんな事実。
「てかてかー、マジで聞いてなかったってかー、じょーたは、ホントに知らなかったんだよね、このメスガキが押しかけてくること」
「メス猿くさっ。獣害は役場でしたっけ、警察でしたっけ」
初めてのスマホで最初に検索することがそれでいいのか。
しかし、未だ、華乃のご不満は解消されていないようだ。
それも当然か。結局、紫子居候の件は僕から話せぬまま、放課後この家で二人がバッタリ対面することで、全てを知られるという展開になってしまった。8分後には取っ組み合いが始まっていた。11分後には床で転がりながらの、まさにキャットファイト状態だった。二人がいま薄着なのも、上着が破けたからである。制服じゃなくてよかったわ。
そんな紫子に対する敵愾心はもちろん、僕に対する不信感もあるのだろう。
紫子が同居することになると知りながら、自分に黙っていたとでも、疑っているのかもしれない。何かやましい思いでもあったんじゃないかと、勘違いしているのかもしれない。
「いや、それはマジなんだって、華乃。紫子は僕を驚かそうとしていたみたいでさ。な? 紫子?」
「…………うふふっ」
「紫子……?」
「ええ、そうですよね、うふふっ。大丈夫ですよ、兄さん。紫子は賢い女ですから。兄さんの意図はしっかり汲んでおります。ええ、そうなんですよ、華乃さん。わたしがこの家に来たのは本当に昨夜ですし、兄さんは何も知らなかったんです。わたしたちは何もやましいことなんてしていませんし、兄さんは華乃さんに何も隠してなんていません! ……これでよろしいでしょうか、兄さん……?」
「おい、やめてくれ。何だその意味深な微笑みからの意味深な上目遣いは。勘違いされたらどうする」
「うふふっ……申し訳ございません、嘘が苦手な妻で……」
こいつ……! 何だその片頬に手を添えて浮かべる、おっとりトロンとした表情……! エロガキが……おっぱい揉むぞ……!
「ち、違うからな、華乃。これは紫子のブラで、間違えた。紫子のブラフであってこんなブラフにおっぱい、間違えた。こんなブラフに一杯食わされているようではさ……僕だって紫子のおっぱいは揉んでみたいわけであって、間違えてなかった」
紫子がコトンと僕の肩にしな垂れかかって横乳を当ててくるせいで、本音がこぼれてしまった。くそぉ、これだからHカップはよぉ……! 揉ませろ早く。
「そ。あ、そ。ふーん。へー。ふーん。そ。ふーんふーんふーんふーーーーん!! そーなんだそーなんだそーなんだ、ふーーーーーーーーん!! そ!!」
相変わらず凄い。
僕の幼なじみの「ふーん」と「そ」はいろんな感情を表現することができる。めちゃくちゃ喜んでるときにも、めちゃくちゃ照れてるときにも「ふーん」と「そ」(あとたまに「へー」)だけで、僕にその心うちを伝えてくる。
ちなみに今はめちゃくちゃキレている。ブチ切れの「ふーん」と「そ」である。
ふーん、そ……。これは恐怖。やはり僕には違いが出せないな。
「待て待て、華乃。落ち着いて話を聞いてくれよ」
「ふーん……」
「昨夜の兄さん、強引でしたものね……Fカップでは満足できなくていつも萎えてしまっていたという事情はよくわかりましたが、今夜はもう少し優しく扱っていただけると助かります……」
「頼むから黙っててくれ、えちり子!」
「あら、わたしとしたことが、ついお口が。昨夜初めて酷使したせいで、えちり子の顎には力が入りづらいのかもしれません……兄さんのえっち」
「えちり子ぉ……」
「そ! そ!
翻訳すると、死ね! 包茎! 粗チン! 早漏! もう知らないから! 帰る! 死ね!! である。
実際に凄い勢いでテーブルを叩きつけ、飛び出していってしまった。
くそぉ……これなんだよなぁ。チョロいが故に僕が騙すのも楽だけど、紫子からも簡単に手玉に取られちゃうくらいチョロいんだよ。都合良いと見せかけて実は都合も悪いチョロさなんだよ。
そ……。
これは、面倒くせぇ……の、そ。
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