第7話 ヤンデレ牽制球

 もう僕に頼れる相手なんて、文しかいない。


 なんか華乃から、『シコり始める前とシコり終わる直前とシコり終わった後に連絡すること!』『なんなら通話繋いだままシコってもいいけど笑』『華乃ちゃんの吐息、おかずにさせたげる笑』とかいうラインが入っていたが、相手にしている暇はない。シコるのは後回しだ。


 紫子が入浴中の今、この緊急事態について文に相談しなくてはいけない。


 華乃との関係はとっくに知られているわけだが、文との本当の関係について、あんなメンヘラっぽい同居人に知られるわけにはいかないのだ! 早急に対策を打っておく必要がある!


 というわけで僕は自分の部屋に飛び込み、すぐに文のスマホへと電話をかける。ワンコールで出た。いつも通りだった。都合良すぎる。


『会えるぞ今すぐ。白石は外出中なのか?』


 第一声がそれなの都合良すぎる。だが、今は違うのだ。セックスがしたいわけじゃない。いや、したいけど後回しだ。


「どうしよう、文……!」


『私がどうにかする』


 都合良すぎる。


「ほら、例の従妹なんだけど、実は今日からいきなり、」


『待て』


「わん」


 待てと言われたので素直に待つ。もう文の前では完全にオス犬だもんなぁ、僕。ちんちんが得意。知能レベルでは文ん家のムギと張ってる。久しぶりにムギと遊びたいなぁ。僕のこと覚えてるワン?


『……難波な、こういうのは感心しないぞ』


「え?」


 聞き間違えか……? 言いつけ通り、大人しく待っていた僕の耳に入ってきたのは、ご主人様の酷く呆れたようなため息だった。


「文……?」


『あのな、難波。冗談にしたって、こんな夜中にいきなりクラスメイトに電話をかけ、あまつさえ呼び捨てしてくるなんて、さすがに笑えないからな?』


「え? え?」


『あー、なるほど。そういうことか。隣に白石がいるのだろう? 罰ゲームなのか、私に対するドッキリなのかは知らないが、君達のいつものじゃれ合いに、ただのクラスメイトを巻き込まないでほしいな』


「…………」


 言葉が出ない。意味がわからない。

 どういうことだ? あの文が、いつだって僕を第一に考えてくれてきた文が、こんな突き放すような声音を出してくるなんて初めてのことだった。


『悪いが切るぞ、難波。私だって忙しいんだ。これから彼氏と会う約束があってな』


「か、彼氏、だと……?」


『ああ。しかも嫉妬深くて、私が浮気していないか探ろうとかまをかけてきたりするような彼氏だからな。こんな時間にただのクラスメイトの男と話しているわけにはいかないんだ。では』


「おい、待て! 誰だそいつ、会わせろ! ぶん殴ってやる!」


 めっちゃ言葉出た。反射的に怒鳴っちゃった。


 彼氏、だと……? 文に……? ふざけんな! 浮気だろ、そんなの! 僕というセフレがいながら彼氏だなんて……!


 しかし、もう通話は切られてしまっている。あまりの衝撃に、ショックに、僕は呆然とすることしかできない。


 文に、彼氏がいたなんて……想像すらしてこなかった……自分だけのものだと信じて疑っていなかった……。


 いや、でも。「信じて」なんて、それこそ僕の勝手な思い込みだ。文が僕だけのものだなんて、都合の良すぎる妄想だ。あんな魅力的で世界一可愛い女の子に彼氏がいるのなんて、ごくごく自然な話だってのに。

 僕なんかよりずっと強くて、なおかつ誠実で一途で、文を悲しませたりなんてしない男はこの世にいくらでもいて――


「どうしました、兄さん? そのフミという女が、兄さんを悲しませたのですか?」


「――――」


 ブラックアウトしそうになった僕の意識を、後ろからの囁きと、そして柔らかく温かい感触が、現実へと引き戻してくる。


 振り向けばそこには、長い黒髪の、白く小さな顔があって。静かに僕に微笑みかけていて。


「ゆ、紫子……どうして……」


「嫌な予感がしたので、入浴寸前に引き返してまいりました。決して兄さんの浮気を疑ってフェイクをかけたわけではありません。その証拠に、このバスタオルの下は裸です。慌てて戻ってきましたので」


 いつの間にか床に崩れ落ちていた僕の背中を、紫子の豊満な体が包み込んでいた。薄い布一枚を隔てて、そのHカップが押しつけられている。胸から上には、何もまとっていない。シミ一つない肌が僕の目の前にある。勃起しちゃった。


「勃起してしまいましたね、兄さん」


 バレちゃった。そりゃそうだ。僕と紫子は今、密着しているんだから。お互いの体の変化なんて丸わかりだ。

 紫子の鼓動が早まっていることも、肌が汗ばんでいることも、体に帯び始めている熱も、それに伴い立ち上るバニラめいた甘さも、全部伝わってしまっている。


「私は耳が良いんですよ? 兄さん?」


「あ、ああ、うん。昔からそうだったね」


「フミ……千里文。兄さんの前の席のメスですね。中学校も同じということで。あの無愛想なメスと浮気エッチができなくて、兄さんは怒っていたわけですね?」


「――――は……?」


「聞こえていましたよ、全部。浮気の証拠、つかんじゃいました」


 紫子のクリクリな瞳から光が失われていき、暗く深い黒目が、僕を捉えて吸い込もうとしてくる。


 全部、聞かれてた……!? バレてしまったのか、僕と文のセフレ関係が……!?

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