第4話 ブラ紐跡とセフレ憲法

 あまりに興奮しすぎたせいで30分で3セットもしてしまった。しかもインターバルはほぼ無しだ。文のスクワットはしっかりフルボトムまで腰を下ろす素晴らしいフォームなので、めちゃくちゃよく効いた。めちゃくちゃパンプアップした。


「ん…………ごちそうさまでした」


「うっ……お粗末……毎度お掃除まで助かる」


「いつもと違って、飲み込んだ後の余韻にヘーゼルナッツのニュアンスが含まれているような気がするな。強度の高いトレーニング直後だったからだろうか」


「言われても。たぶん僕ヘーゼルナッツを食べたことがないし」


「そうか。美味しいし体作りにも役立つはずだぞ。今度ヘーゼルナッツを使ったスイーツを作ってこよう。脂質はナッツと卵由来のもの以外入れないようにするから安心してくれ」


「やったぜ、楽しみだ。最愛の彼女の手料理で自分の精液の味を知る日が来るとは思わなかったぜ」


 あと贅沢言ってしまうと、栄養バランスとかガン無視して快楽だけを追求した文の手料理もいつか食べてみたい。

 まぁそういうのは華乃が作ってくるから、文は遠慮してくれてるんだろうけど。


「あのさ、文。もともと僕もガリガリを卒業したくて筋トレ始めたわけだし、まだまだ細いと思ってるくらいだから、たまにはもっとジャンキーな――文?」


 僕の前で、デッドリフト用マットにちょこんと女の子座りしていた文。切れ長なはずのその両目が、丸く見開かれていた。文には珍しく、驚きの色を、人形のような顔に浮かべている。

 他の人には気付けないような変化かもしれない。でも、僕にはわかる。文が本気で驚愕していると。

 ……ただ、何に対する驚愕なのかが、まるでわからないわけだけど。


「丈太……君、いま自分が何を言ったのか、理解していないのか……?」


「え。僕? 何かマズかった? いや、だって。いっつも文が、まるで高級チョコレートかのようにテイスティングしてくるから僕も味が気になってさ。飲み込む前のあの口の中で転がすやつ、あまりにもエロすぎるし、ああいうのを最愛の彼女に、」


「それ」


「え? ん……? ……あ!」


「……気付いたか……」


 自分の言葉を反芻はんすうしてみて、失言に気付く。

 ぼ、僕は何てことを……!


「さ、最愛のセフレ……の手料理……」


「それでもダメだ。まぁ、『最愛』が『手料理』に掛かっているのであるなら構わないが」


「難しい……!」


 文は脱ぎ捨てていたジャージをリュックにしまい、いつの間にか制服を着始めている。顔を見せたくないのか、僕に背を向けて、だ。

 さすがの僕も昨日のように、抱きつきたい衝動なんて襲ってこない。


「いや、文。そんなに急がなくても、まだ大丈夫だから。足ガクガクしてるし。柔らかいお尻と太ももがプルプルしてるぞ。あと背中にうっすらブラ紐跡ついてる」


 抱きつきたい衝動が襲ってきてしまった。僕はもう死んだ方がいいと思う。


「帰らせてくれ。無愛想なせいで分かりづらいかもしれないが、私は君ほど感情の切り替えが得意ではないんだ。一人で頭を冷やしたい。……都合の悪い女ですまない。明日会う時までには治しておく。ブラ紐跡も」


「謝らないでくれよ……どう考えても悪いの僕なんだから。あとブラ紐跡はエロいからそのままで」


「……そうだな。勘違いさせるような言葉は控えてくれると助かる。いや、勘違いする方が悪いとは分かっているが……私だって、言葉には細心の注意を払っているんだ。こんなに我慢して、自分の中でしっかりと厳密なラインを設けて、一線を超えないように――いや、すまない。何を言っているんだ、私は。違うんだ、こんな風に君を責めるつもりだったわけじゃなくてな、安心してほしい、ちゃんとわきまえているから。私が君に提供出来る価値なんてこの無駄に育った体だけだし、セフレごときがこんな、」


「大丈夫だ。落ち着け、文」


 小さな体を、後ろからそっと抱きしめてやる。できるだけ柔らかい声を意識して、言い聞かせてやる。


「丈太……」


「まず、僕にとって文が邪魔な存在になったり面倒くさい相手になったりすることなんて絶対ないから。文は時々、僕に気を使いすぎるきらいがある」


「だって……君に喜んでほしいし……」


「うん、僕がまんまと喜んじゃってるのも悪いけど。でもさ、僕だって君にとって、都合の良すぎる男でいたいんだよ。わかるだろ?」


「……うん……」


「なら、君も僕と二人でいるときくらい、もっと気楽にいてくれよ。僕が君のムチムチ膝枕で昼寝してるときくらいにさ」


「丈太が私の膝枕で昼寝している時の私は、たぶん私史上一番気持ちの悪い笑顔を浮かべているだろうから無理だな。あんな顔はとても見せられない」


「とても見たい」


 今度寝たふりして薄目で見てやろうっと。


「とにかくさ、文。僕たちの都合の良すぎる関係を永遠に維持するためには、アバウトなやり方の方が合ってると思うんだよね」


「……しかし、アバウトな関係だからこそ、ルールは厳格に定めておくべきでは……」


「大枠のところはね。大前提はね。うん。憲法は守ろう。セフレ憲法は遵守。あとは『だいたい』でいいだろ?」


「そう、だな……私も元々、そのつもりだった。少しナーバスになっていたのかもしれないな」


「わかってくれたならよかった。ちなみに避妊はセフレ憲法に明記されてるんでよろしく」


「改憲の条件は?」


「過半数の賛成」


「実質、全会一致のみじゃないか」


「そりゃそうだ。僕と文の関係に意志決定できるのは永遠に僕と文だけなんだから」


「……ギリギリだからな、その発言も」


「ギリギリならいいだろ」


 僕からしたら君の方がずっとギリギリなんだよ。何だ、ヘーゼルナッツって。この前はドライマンゴーの凝縮感がどうとか言ってただろ。昼寝から覚めたばかりの味だったからか、あれは。


「はぁ……」

 文は小さくため息をつき、

「分かったよ、丈太。納得した。私達の関係性について、有意義な方針会議になったな」


「そうだね」


 男女のいざこざや痴話喧嘩ということには意地でもしない辺りが、相変わらずだけど。そんな頑なさも、文らしくてカッコいいと思う。

 これがあるから僕に抱かれて乱れてるときのギャップが堪らないんだ……! ふざけんなよ、このドスケベがよぉ……!


「それはそれとして、丈太。こういう大事な会議中にまで、私のお尻に擦りつけてきていたのはさすがに不適切だと思うぞ」


「違うんだマジで。足がガクガクして勝手に腰がカクカクしちゃってるだけなんだ」


「そうだったか。では君が私の後ろ姿で興奮してくれていると勘違いして勝手に濡れてしまった私の方が不適切だったな。叱ってほしい」


「お前マジでなぁ! いい加減にしろよ!? ずっと内ももモジモジさせてよぉ、僕を誘ってたんだろ、ド淫乱女! だらしない乳と尻しやがって! 背中もムチムチだからブラ紐跡なんてつくんだ! 舐めさせろ!」


「優しい丈太のねっとり腰押し付けも好きだけど、昂ぶり丈太の脳筋腰振りもしゅき」


 結局後ろから揉みしだきながらの脳筋パンパンしちゃった。四回目なのに瞬殺だった。めっちゃ出た。ピーカンナッツのような風味があったらしい。食べたことないからわからんのよ。今度頼む。

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