第2話 町内一都合の悪い幼なじみ

「あはっ♪ ねーねー、じょーたぁ。あんたさ、昨日あたしでシコったっしょ?」


「おい、マジかこいつ。教室だぞ」


 翌朝。始業前の教室にて。

 僕の瞑想を打ち破ってきたのは、制服を着崩した金髪ギャルだった。僕の机に座り、白く瑞々しい脚をブラブラさせている。

 やめろ。スカートの中、他の男に見られたらどうすんだ。教室ド真ん中の席なんだぞ? クソが、クラスの男共、僕の幼なじみをエロい目で見やがって……!


 そんなエロギャル、白石華乃は、意地悪げに細めた目で僕を見下ろし、


「えー? だってさー、昨日あたしがお風呂上がったあとさー、エロい目でめっちゃ見てきたじゃん。あーゆー視線、わかっちゃうんだよねー、あたし」


「お前がめっちゃウザ絡みしてきたからだろ。人間同士のコミュニケーションとして、見ないのは無理だ。目がエロかったのはごめん」


「うっわー、『お前』とか普通、ただの幼なじみに対して言うー? 彼ピ気取りなのかなー? あはっ♪ そんなんだから一生童貞なんだぞ? うぷぷっ!」


 そもそも泊まるわけでもないのに、わざわざうちで風呂入っていくなよ。という指摘はいつもしているので、わざわざここでは言わない。ていうか「もしかしてお泊まりしたのか……?」と、クラスの男共に思わせておきたい。

 華乃だってあえて女子たちにアピールしてるんだろうしな。クラス替えから一週間強、四月のこの時期にしっかり牽制を入れておくつもりなのだろう。正直僕を狙う女子なんていないから何の意味もない牽制球だと思うが。メジャーリーグならブーイングものだぞ。


「勘弁してくれないか、二人とも。朝っぱらから、私には刺激が強すぎるぞ」


 教室中から注目を集めている僕ら二人に淡々と声をかけてきたのは、僕の一つ前の席に座るポニーテール女子だった。華乃とは違い、適切な長さのスカートと適切にボタンを留めたブラウス&ブレザー。そんな真面目そうな美少女、千里ちさとふみは作り物めいたその小顔に、少しだけ呆れの色を浮かべていた。


「えー、聞こえちゃってた? 文ちゃん、ごめーん」


 一方の華乃はウッキウキである。そりゃそうだよな、まさに期待通りの反応が返ってきたんだから。


「でもでもー、あたしは別にイケないことなんてしてないんだよー? じょーたが勝手にあたしで皮被りちんぽシコシコしちゃうだけでー」


「おい、マジかこいつ。教室だぞ」


 はい、僕の包茎がクラス中にバレるのこれで5年連続です。毎年この時期です。

 女子から向けられるジトっとした視線、男子から向けられる勝ち誇ったような視線と仲間意識の視線。これを浴びると今年も春が来たなぁって実感できるぜ。もはや恒例行事だわ。季語にできそう。


 剥ける皮 向けられる視線 もう痛くない (大量字余り)(大量皮余り)


「5年連続で難波なんばの秘密を聞かされる私の身にもなってほしいところなのだが。未だにどうリアクションを取っていいものか……」


 当然、中学で出会ってずっと同じクラスだった文にとってもそうなる。


 そういえば、中一で初めてこれを聞かされた文は、どんな反応をしていたっけ? 

 あの頃は特に存在を意識してたわけじゃないから覚えてないな。後で本人に聞いてみようか。


 そして、今年は初めて、実際に僕の皮余りをその目で見て、触れて、咥えて、繋がった上での、恒例行事となったわけだ。


 うん、そうなのよ。この真面目そうな女子、僕のセフレなのよ。つい15時間前まで裸で抱き合ってたし、飲み込んだ僕の皮余り汁の成分がまだ腸に残ってるだろうし。


 ……そう考え始めると、どんな顔で文を見ればいいかわかんないよ……。


「ぷ。じょーた、顔真っ赤じゃん。思い出しちゃったのかなー? お風呂上がりの華乃ちゃんの……Fカップ……♪」


「おま……っ」


「あはーっ♪」


 僕がまたもや動揺してしまったのは、「Fカップ」の部分を、華乃が身をかがめ、僕の耳元で囁いてきたから――ではない。むしろ、耳元でこしょってくれてホッとした。僕以外のオス共に華乃のおっぱいサイズを知られてたまるかってんだ!


 そうではなく、華乃の視界から自身の存在が外れたであろうその瞬間に、僕の正面の美少女が、その真顔の頬を、かすかに緩めてみせたからだった。


 おい……おい! 何だよ、その微笑! 可愛すぎるだろ! 可愛すぎるけど、意図はよくわからないぞ! わかるようで……全然わからない!


 でもとりあえず、みんな華乃に注目してるだろうから、僕にしか見えてないよな!? 僕にだけ見せてくれたんだよな、クール美少女、千里文のレア微笑! 絶対僕以外のオス共に見せるなよ!?


 くそぉ、ヤキモキさせやがって、この隠れGカップめぇ……今日も絶対揉みしだいてやるからな……!


「ま、でもホント何もしてないしねー」

 パッと僕から体を離し、華乃は余裕たっぷり続ける。

「普通に晩ご飯作りに行ったげただけー。澄佳すみかちゃん、あ、じょーたのお母さんのことだけど、澄佳ちゃんにも頼られちゃってるからさー。あ、そーだ。はい、これ。今日のおべんとー」


 と、隣の席のリュックから出した巾着袋を渡してくれる華乃。


「あ、うん。ありがとう。助かる、マジで」


 こういうとこあるからなぁ、こいつ。可愛すぎるんだよなぁ。

 あとよくよく考えたら、先に僕が皮余りだと知られてたおかげで、文との初めてのときに無駄な見栄張って恥かくみたいなことせずに済んだわけだしな。あらかじめ皮余りバレしていなかったら、絶対それやっちゃってたからな、僕。華乃に助けられすぎだろ、僕の人生。


「それはそれでな……」

 文もすっかりいつもの真顔に戻り、そしていつもの淡々とした調子で、

「そんな風に自然に夫婦っぷりを見せつけられては、私も胸焼けしてしまうよ」


「ちょ……! 夫婦じゃないってばー!」


「夫婦じゃないか。幼なじみとはいえ、普通、晩ご飯を作りに行ったり、お弁当を作ってきてあげたりしないぞ? 客観的に見て、それで付き合っていないというのは無理があるだろう」


「そ、それはさー……ほら、なんてゆーか……もうっ! 文ちゃんはいっつもそーやって真顔であたしらのこと夫婦イジりして楽しんでさー! 可愛いくせに実は腹黒いとこあるよね、昔っから!」


 なぜ華乃は自分でさんざんアピールをしておいて、まんまと誘いに乗った文がイジってきてくれたときには、いっつも顔を真っ赤にできるのだろう。

 実はこいつ、そこまで計画的に周りにアピールしてるわけではなく、素でやっちゃってるのか? っていう仮説をこの前、文が立ててた。普通にあり得るから怖い。まぁ、可愛いからいいんだけど。


「ね、じょーた? あたしら確かに3歳のころに結婚の約束してるし、7歳までチューとかよくしてたし、9歳までいっしょにお風呂入ってたし、お互いの家族からももはや公認の婚約者扱いされてはいるけど、別に今はまだ正式に付き合ったりしてるわけじゃないもんね?」


 やっぱ無意識にこれやってたとしたら怖いしかねーわ。でも顔真っ赤だし汗だくになってるし、もはや頭から湯気出てるしなぁ。


「はぁ……」

 そんなバカップルな僕ら二人を眺めて、文は小さくため息をつき、

「幸せ者だな、難波なんば。彼女のこと、大事にするんだぞ?」


 やっぱすげーわ、こいつ。


 だから僕も、頑張って呆れ顔を作り、セフレの真顔を真っ直ぐと見つめて言う。


「別に付き合ってないんだって。からかわないでくれよ、千里ちさと


 わざわざお互い、呼び方変える必要までないと思うんだけどなぁ、僕は。


 まぁ、でも確かに、今さら華乃の前で名前呼びし始めるのも、ちょっと面倒くさいか。


 僕の幼なじみ、都合悪いもんなぁ。めっちゃ健気で可愛いけど。

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