三日目 石鹸作り

『デイリーボーナス! 島の資材がリセットされました!』


椰子の実を枕に寝ていた、僕の頭の中で響く声で、今日も目が覚めた。

寝ぼけて霞む視界の中に、青々と茂る椰子の木が見える。


「今日も椰子の木が生えたなぁ……あとで素材にするけど、ふぁ~……ご飯にしようかな」


昨日釣って干しておいたお魚を、薪に頑張って火を熾し直して炙って齧り、椰子の実に穴を空けて、ジュースを飲む。

昨日干した、少し水分が残っていたお魚、なんだかとても美味しい気がする。

肉や魚は、干す事でうま味が増えるって聞いたことがあるんだけど、もしかしたらそれかな?


ジュースを飲み終わって、その辺に置いてある椰子の実はこれで5つ。

1日2つ飲んで、中身が入っているのが3つ。

椰子の木を【錬成】したらまた4つ増えるから、飲み物は十分足りるんだけど。

枕がこれ以上増えても仕方がないし、中身を飲んだ椰子の実で、何か作ろうかな?


「でもまずはお魚を釣ろう。食料は大事!」


初日に干してカラカラになったお魚と、釣り道具とナイフとまな板を持って、釣り場に移動する。

貝殻のナイフでお魚を刻んで針に刺し、餌にしてお魚を釣る。


「ホントよく釣れるなぁ……あ。このぶよぶよしたお魚は要らないから、遠くにポイ!」


「フグ」という名前らしい、ぶよぶよしたお魚は、再度釣れないように遠くの方に投げる。

海と砂浜と椰子の木しかないこの場所で、毒なんて使わないもんね。

毒を仕舞っておけるガラス容器もないし。


「ガラス容器って、溶けないし、染みない最強の容器だもんなぁ。まぁ、珪砂があれば作れるけど……ここの砂は珊瑚砂だから無理か」


お魚を釣りつつ、ふと地面の砂を見る。

この地面の砂は珊瑚砂。二酸化ケイ素が主成分だから、鉱石由来の珪砂にはなりえない。

珪砂は地層があれば、だいたい採れるんだよね。

多分海中に行けば、鉱石由来の砂や岩とかあると思うんだけど……。

うん。今日も鮫さんは元気みたいです。


沖の方にフカヒレが何匹分か、波を切り裂き周回しているのが見える。

これ、僕みたいなどんくさいのが海に入ったら、速攻美味しく頂かれちゃうよね。


「……今日はこっちでお魚を捌くのは止めておこう」


5匹ほど釣った所で、今日は切り上げる。

お魚の処理は、反対側の浅瀬でやろう……血の匂いで集まって来たら怖いしね。


ナイフ君とまな板君は、向こうで働いてもらおうね!

反対側に回って、お魚を捌いて、内臓をいつものように海へ不法投棄。


波打ち際に戻ってきたらどうしようかなと思ったけど、砂浜にも小さいお魚はいるみたいで、なんかバシャバシャ集まって、内臓が波間に戻ってくる前になくなってしまった。


「こっちで釣ったらお魚も変わるのかな」


明日はこっちで釣りをしてみようかな?

まぁ、その前にいつものお仕事をこなしてしまおう。

何もしないで椰子の木が、無駄になったら困っちゃうしね。


いつものように【分解】からの【錬成】して、木材とそれ以外に分ける。


「葉っぱは屋根に追加してっと……でも、明日分から葉っぱも余りそうだなぁ」


余ったら、繊維か籠にでもしようかな。

椰子の葉は、葉っぱのままだと、硬くて敷いても痛いし。


椰子の実の繊維は紐にしておく。

中身ジュースを飲んだ実には、まだコプラが残ってるから、【錬成】して何かに変えておきたいんだけど、どうしよう?


「油も採れるし、石鹸も作れるし、蝋燭も作れる……うーん。病気が怖いから、石鹸を作ろうかな」


椰子の実って、結構な有用素材なんだよね。

僕の住んでいた場所は内陸だったから、素材として使う事は稀だったけど、海辺に行けば自生している椰子が沢山あって、生活に直結してるんだよね。

すっごく高い所にあるから、取るのは大変なんだけど。

慣れてる人はロープ一本でするする昇っていくらしいんだけど、当然僕は、そんな事はできない。どんくさいからね、僕。

せっかく一日一本何をしても復活するんだから、【錬成】して楽をしちゃっても罰は当たらないよね。


「木材の在庫も増えたし、壁も作ろうかな。砂が採れたら、石灰ブロックと混ぜて漆喰が作れるんだけど……海に入るのは怖いんだよなぁ」


僕の【錬成】範囲に砂があれば、海に入らなくても可能なんだけど……。

どうやらこの島、結構遠くの方まで珊瑚砂っぽいんだよね。

少なくとも僕の【錬成】で感知できる範囲に、鉱石っぽい物はなった。

珊瑚砂にも、砂鉄とか鉱石由来の成分も多少は混じってるけど、感知できる範囲の全てからかき集めても、大して取れない感じなんだよね。

労力や消費魔力に対して、相対効果が悪すぎる。

砂鉄も、釣り針が無くなったらかき集めようとは思うけど……それはまた今度だね。


「海にはいずれ入らないと駄目だよねぇ……」


まぁ、それよりも今は、使ってもいい椰子の実の有効活用の方が先。

5つの椰子の実を纏めて【分解】して成分を【抽出】。

コプラと言われる、椰子の実の胚乳部分を集めて【錬成】して石鹸を作る。

石鹸は、成分にちょっと木炭を混ぜるのがコツなんだ。

ついでだから蝋燭も作ってみようかな?

蝋燭は特に混ぜるものもないので、簡単にできる。

石鹸も蝋燭も【抽出】したこのタイミングなら、試してみるのにはちょうどいいし。


というわけで、椰子の実の繊維から作った紐を足して、蝋燭も【錬成】。

これで暗い夜も、寂しくないかもしれないね!


結果的に「石鹸」がふたつと、「蝋燭」を2本、【精錬】する事に成功した。


「椰子の実からなんて初めて作ったけど、上手く行ってよかった」


なんだか甘い匂いのする石鹸を持って、木の壺に溜めておいた水を使ってちょっと泡立ててみる。


「おぉ、石鹸だぁ……ちゃんとできた」


泡立てを確認して、出来に満足する。

木片から石鹸を置く入れ物を作って、壺の近くに置いておく。

使っていない石鹸と蝋燭は、大切に木箱に仕舞っておこう。

【生活魔法】があるから、魔力がある間は清潔に保てるけど。

今後どれだけ魔力を使う作業があるか分からないしね。備えはしておいた方がいい。

何より僕はお風呂が好きなんだ。木材に余裕ができたら、お風呂も作りたいなぁ。

そうなるとやっぱり鉄が欲しい。大量にお湯を沸かすのに必要だし。

お風呂を鉄で作って、そのまま焚いた方が楽だけど。

鉄風呂でも、下に簀子すのこを沈めておけば、そんなに熱くないしね。


「まぁ、釣り針が作れるくらいしか砂鉄が取れないし、夢の話なんだけどねぇ」


僕に魔法の才能があればよかったんだけどね。

火や水の魔法が使えるなら色々便利だし、土の魔法なら家作りに便利だったろう。

風の魔法なら空も飛べるけど……途中で魔力が尽きて落水しちゃうかな?

どの方向へ、どこまで行けば陸地があるか、まるで見当もつかないしね。


「とりあえず薪を追加して作って……お魚を焼こう」


そろそろお魚ばかりも飽きて来たし、貝でも探して焼いてみようかな?

でも小さなアサリしか取れないんだよねぇ。カニとかエビとか、他の魚介類はいないのかな?

……海に入って、沖に行かないと無理だろうなぁ。


「鮫と戦うのは無理だし、手漕ぎ舟を作ってみようかな? それには木材が足りないから、もうしばらく角材を溜めないといけないけど」


今の所晴天だけど、雨に降られると色々困るし、壁は必要だよね。

この場所以外に、倉庫用でもう一つ屋根を作っておきたい。

石灰ブロックが濡れてダメになる前に、なんとか土か砂を手に入れて、漆喰と石灰レンガに変えちゃいたいなぁ。


「それを考えると、船が必要だよね……泳いで素材探しは絶対無理! 鮫に食べられちゃう!」


居住用の屋根に、壁を作るのは確定として、薪と船用に木材を残さないといけないね。

椰子の実からも木材の成分は採れるけど、ほんのちょっとなんだよね。

さっきの【錬成】時に、実の成分から出たウッドチップはほんのちょっと。

たぶん30個くらい使えば、ちょっとした板くらいなら作れると思う。

……どう考えても木材から【精錬】した方が効率がいい。

ウッドチップは溜めておいて、あとでなにかに使おう。

これくらいでも、スプーンくらいなら作れるし、使える素材は大切にしないとね。


「焼くしかできない環境もなんとかしないとなぁ。汁物が作れるようになれば、飽きの問題も解決するし」


などと、火を起こしながら考える。


いつものように、なかなか火が出ないけどね!


仕方がないじゃん。火起こし大変なんだもん!


朝は偶然?すぐ着いたけど、この作業も簡略化したいなぁ。

火打石やファイアスターターを作れたら、格段に楽になるんだけど……。

マグネシウムは海水から採れるし、鉄やセリウムは、鉱石由来の砂さえ見つければ、見つけられると思う。

普通の砂浜があれば解決できたんだけど、ない物はしょうがないよね……。


……地面を掘ったら出てきたりしないかな?


錬金術の感知範囲に、鉱石の反応がないって事は、掘っても無駄だと思うけどね。

感知範囲は平面じゃなくて、僕を中心にした円形だから、地面の中も感知範囲に入る。

僕の感知範囲はだいたい半径10mくらい。

その上で珊瑚砂しか反応がないって事は、たぶんそういう事なんだろう。


「あ、やっと着いた……! ああ、消えないで! ふーふー!」


椰子の実の繊維を慌てて追加して、黒い煙の中からやっとの事で、火を起こす事に成功した。


「危ない……、考え事をしてたら失敗するところだった!」


ちょろちょろの火に、薪を追加して勢いを上げる。

そして昨日のように、串を打ったお魚に、塩をまぶして焼いていく。

今日はちょっと塩分控えめです。……昨日結構しょっぱかったからね。

失敗談から学んでこそ、錬金術師だよね。まだ見習いだけど。


「先生は心配してくれてるかなぁ……酔っぱらって寝てるんだろうなぁ……」


口は悪いし生活力が皆無だしアル中のダメダメな先生だったけど、なんだかんだで面倒見がいい人だったし。ちょっとは心配してくれてるといいなぁ。


「ははは……なんだか独り言が多くなったなぁ、僕。寂しいのかなぁ……寂しいなぁ」


焼き目が付いてきたお魚をひっくり返しながら、ぼそぼそ呟く。


お魚を食べて、椰子の実のジュースを飲んで、一息ついたところで、壁にするために角材の柱を追加して、今後の作業に備える。


それでこの日は終了。暗くなっちゃったから、これ以上何もできない。

星は綺麗だし、夜に慣れると結構明るい気もするけど、体力だって無限じゃないしね。

というか、僕の体力なんてナメクジ並みだし、そんなに作業は続かないよ……。


燃える火を見つめながら、椰子の実を枕にして横になる。


我もまた渚を枕。ひとり身のうきねの旅ぞ。


なぜかそんな言葉が頭に浮かんで、消えゆく火と共に、僕はゆっくり眠りに落ちていった。


「……なんでに人間がいる?」


そしてそんな僕を、じっと見つめていた視線に、当然気付く事はなった。

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