二日目 デイリーボーナス

『デイリーボーナス! 島の資材がリセットされました!』


頭の中に響くその声で、僕は目覚めた。


「あ! 椰子の木が復活している!」


島の中央を見た僕の目に飛び込んできたのは、昨日見たままの、大きな椰子の木だった。

椰子の実もちゃんと4つ生っている。


「よかった! 神様ありがとう! もうちょっと頑張れるような気がします!」


どんな神様が僕を助けてくれたか分からないけど、とりあえず感謝の為の祈りを、もにょもにょ捧げておく。


「これでお魚が焼ける! 薪と串を作らないと!」


……まぁ、この時の僕は、椰子の木復活に舞い上がって、火起こしの大変さを失念していたんだけどね。


朝食代わりに椰子の実ジュースを飲んで、干して置いた魚をかじる。

干し魚は海水味だけど、塩は摂らないと死に直結するし、念のため海水から塩も【錬成】しておいたほうがいいかな?

とりあえず、初日と同様、椰子の木を【分解】して、角材に【錬成】する。


「角材の水分を飛ばせば、薪になるかな?」


角材にしたばかりの椰子の木は、しっとりしてるから、燃えてくれるか自信がない。

木材から水分を抜くのは、結構な時間がかかるって聞いた事があるんだよね。

でもそのへんは錬金術にかかれば、何とでもなる。

一度【分解】してから水分を別にして、再構成し直せば……。


「水分の抜けた木材の完成! そして水はコップにでも入れておこうかな。飲めるし」


ついでに木の壺みたいなものを作って、そこに水を溜めておく。


「この壺はいい物だ……叩いても木の音しかしないけど」


試しに叩いてみたけどポンポンした音しかしない。

ま、まぁ、余った水を仮に溜めておくだけだから、何でもいいんだけどね。

半分ほどの角材を薪に変えて、残りは角材のまま保管しておく。

本音を言えば壁にしたいんだけど、何時までここにいるか分からないし、薪に転用する可能性がある角材を、壁にしても二度手間だと思うし。

とりあえず、他に木の容器っぽい物をいくつか作って、屋根の葉っぱを追加して隙間を埋める。


「拠点がちゃんと日陰になるようになったなぁ」


屋根だけで、吹きっさらしなんだけどね。

それでも、昼間は半袖でも暑いこの島の周辺では、天国のような環境を作り出してくれる、ありがたい屋根なんだよ。


「今日の目標は、お魚を釣って、塩を作って、薪の消費量を計算する事かな」


薪の消費をどれだけ抑えるかを見極めないと、木材をどれだけ使っていいか分からないしね。

脱出用に船を作るとしても、多分なんだけど、じゃ不可能だと思うし、そもそもがどこにあるのかもわからない。

この小さな島は、大海原のど真ん中にある割に、打ち寄せる波は穏やかだし、気候も暑いとはいえ穏やかだ。

僕が遭難したくらいの大きな嵐が来たら、こんな小さな島は波に呑まれるだろうし、多分死亡確定だと思うけど……それまでにどれだけの事ができるかな。


もしかしたら神様の加護かなんかで、島が守られていて、死なない可能性もあるけど……。

すぐに無くなってもおかしくはない、珊瑚砂の小さな島に、椰子の木が生えてるのもおかしな話だしね。


ま、難しい話はその時に考えればいいや。


今はとにかく、焼いたお魚が食べたい!


「よし、お魚を釣ろう! 焼き魚の為に、お塩も生成しよう!」


塩を貯めるために作った箱と、釣竿、餌用に干した魚を何切れか持って、深場の方に向かう。


「今日は鮫は見えないな……危ないから、警戒はしないといけないけど」


海を見た感じ、鮫の背びれは見えないな。

海の深さ的に、鮫が近づいて来たら背中が出るので、ヒレが見えてすぐにわかる。

とにかく、警戒は怠らないように気を付けよう。


魚の切り身を餌に、魚を釣る。

すぐに魚が掛って、あっと言う間に10匹ほど釣れた。


「簡単に釣れて有り難いけど……簡単に釣れ過ぎるなぁ。絶滅とかしないかな。大丈夫かな?」


大海の一部で、人一人が釣で魚を採っても、絶滅なんか絶対しないとは思うけど……なんか心配になっちゃうんだよねぇ。


とりあえずお魚を捌きながら、内臓をいつものように海に不法投棄。

相変わらず、捨てた内臓にお魚がわらわら寄ってくるけど……うん、見なかった事にしよう。

普通に食べられるお魚の他に、なんかぶよっと膨らむお魚も釣れたけど、なんだろこのお魚?

むやみに食べるのはちょっと怖いので、横に置いておいて、あとで【錬成】してみよう。


今日は角材から、お魚用に「まな板」を作ったから、魚を捌くのもちょっと楽になった。

石灰ブロックみたいに、血を吸って超熱くなったりしないしね……昨日はびっくりしたよ。

ちなみに、熱くなった石灰ブロックで、もしかしたらお魚が焼けるかなぁと思って置いてみたけど……生臭くなっただけだった……。

その生臭くなったお魚は、今日の釣り餌。無駄にはしないよ!


それにしても、まな板はいいね。魚を捌くのも楽だし、何より洗いやすい!


「すごいまな板だよ、これ!」


貝殻のナイフも思いのほか使いやすいし、いい物を作ったなぁ。


「次は塩を生成しようかな」


塩に関しては、難しい事は何もないよね。目の前に沢山あるし。


海水を魔力で包んで【分解】して、塩化ナトリウムと、それ以外に分ける。

この塩化ナトリウムって言うのが、いわゆるお塩だよ。

海水の中には、色々な成分が混じってるから、細かく分けると色々抽出できる。

錬金術なら、お塩のみを抽出できるんだけど、田園とかで作る塩は、色々な他成分が混じってるんだよね。

それが味の深みになったりもするけど、今回はお塩のみ。それ以外はそのまま海に戻す。

ちなみに、錬金術の教科書に載っているのは、こんな成分だよ。


「塩化マグネシウム」は土地の肥沃度を上げる成分として利用されていたんだけど、最近は大豆という豆を絞って作る豆乳と混ぜて、「豆腐」という、食べ物を作るのに使うらしいよ。


「硫酸マグネシウム」や「塩化カリウム」は、昔から薬剤として使われている。


「硫酸カルシウム」は胸像とかを作る石膏の主材料だね。


説明を見て貰うと分かる通り、正直今の僕には必要ない物ばかりなので、これも海に不法投棄。

塩分濃度の問題で、内臓を突いていたお魚が逃げ惑っちゃった。ごめんね。


その代わりに、箱に半分ほどのお塩が作れたので、ベースに戻ってお魚を焼こう!


「……あ。忘れてた。このぶよぶよのお魚、ちょっと【錬成】してみようかな?」


……生物をそのまま【錬成】するのはちょっと可愛そうなので、いったん〆てからだけど。

意志が強い生き物を強制的に【錬成】しても、たいてい抵抗レジストされちゃうんだよね。

お魚くらいなら普通に【錬成】できると思うけど、可愛そうだしね……。


とりあえず分解してみたら「魚肉」以外に「テトロドトキシン」という成分に分かれたんだけど……。説明を見たら「神経毒 全身が麻痺して死亡する」とか、おっかない物質だった。


ど、どうしよう、これ……その辺に捨てたら怒られるかな……?


り、量は大した量じゃないし、海に流したら薄まるかな。

……うん、今日は漁はしないし、ちょっと遠目にポイしておこう。


投げた所で、ちょっとお魚が数匹浮いたけど……。

ごめんね。責任をもって食べてあげたいけど、たぶん君を食べたら死んじゃうんだ……。


無力感に苛まれながら、ベースに戻って薪を並べて火を付けようとして、ふと考える。


「どうやって火を付ければいいんだろう?」


これが錬金術なら、「ファイヤースチール」と呼ばれる触媒に熱を与えたり、静電気を起こして着火したりと、簡単に火が付くんだけど……。


「僕の荷物は海の底だろうしなぁ……原始的にやるしかないか。体力には自信がないんだけど」


原始的……つまり摩擦による発火現象だね。

乾かした角材に、棒をこすりつけて火をつける。

昔からよく使われていた方法だね。【火魔法】が使えるなら一瞬で解決する話なんだけど、もちろん僕は使えないよ。


石灰ブロックに水を掛ければ熱は発生するけど……燃焼温度までは上がらないみたいなんだよね。石灰と水を大量に使えば、行けるかもしれないけど、身の危険を感じるからやらないよ。


まずは棒をぐりぐりこすりつけて……こすり、つけて……こ、これは……。

うん、無理だね、僕のリアルパワーじゃ無理。

10分ほど奮闘してみたけど、一瞬たりとも煙すら上がらない。


「根本的に回転速度が足りないよね。こういう時に使う道具をどっかで見た気がするんだけど……」


無理なら無理で、お魚を生で食べて終わるだけだから、別にいいと言えばいいんだけど……。


「焼いたお魚食べたいよねぇ……摩擦に対して回転が足りないんだから、ええと……」


ない頭をフル回転させて、あれこれ試作してみて完成したのは、小さな弓みたいな道具。


弓なりの棒の間に紐を通して、弦に当たる部分に棒を巻いて、回転速度を上げ、摩擦力を上げる事ができる……はず。

もうすでに日が暮れかけてるので、いい加減成功しないと生のお魚確定しちゃう。

というか、すでに干されかけているから、早くしないと干物を食べる事になっちゃうよ。


木材に道具を添え、椰子の繊維で先端を囲んで、燃えやすいようにしてみる。


「上手く行けばいいけど……」


鋸を挽くように、自作した道具を動かして先端を摩擦させる。


何度も何度もゴリゴリ動かしたら……摩擦面から黒い煙が上がった。


「上手く行きそう!? 頑張れ僕! 明日は筋肉痛確定だけど!」


黒煙の部分の繊維を集めて再度ゴリゴリ動かしたら……ぼっという音を立てて、火が付いた!


「やった! 上手く行った!」


慌てて繊維を追加して、やがて燃え上がった火に、追加の薪をくべて安定させる。


既に暮れかけた夕日の中、揺らめく日を見ていたら……なんだか涙が出てきた。


「火は人間の文明の証なんだよね……ああ、暖かいなぁ……」


昼間はそれなりに暑いけど、夜になると結構冷え込むこの島で、温もりを感じたような気がした。


「っと、それよりもお魚焼かないと! 串に刺して、塩をまぶすだけでいいのかな?」


なんとなく感覚的に、この辺りに魚を置けば、丁度良く焼けるような気がする。

錬金術師の直感に従って、焚き木の近くに串を刺した魚を地面に突き刺す。


「5匹は多すぎたかな……でもいいよね、食べたかったんだもん」


焼き目が付いて行く魚を何度かひっくり返し、直感がそろそろ焼けたと告げたので、火からおろして、お皿代わりのまな板の上に並べておく。

そのうちの一匹を手にして、焼き魚特有の食欲を呼ぶ匂いに、思わずごくりと喉が鳴る。


「そ、それじゃ、頂きます……」


一口食べて、また涙が出た。


「美味しい……美味しいよ……」


泣きながらお魚を食べるなんて、端から見たら変な奴にしか思えないけど。

しょうがないよね、美味しいんだもん。お塩を掛け過ぎてちょっとしょっぱかったけど、涙で流れちゃうからちょうどいいよね。

なんだかんだで5匹全部食べちゃった。


お腹がいっぱいになって、いつの間にか夜になっていた、星空をなんとなく眺める。


「知らない星の並びだなぁ……北極星はどれだろう? 北極星が見えないなら、僕がいた大陸じゃなくて、南半球にいるって事になるんだけど……まさか、そんな事はないよね?」


いくら嵐で流されたとはいえ、大陸を横断するほどの距離を流されるなんて考えられない。

そもそも何日漂流したかは分からないけど……自分の状態を見る限り、そんなに長い漂流ではないと思うんだよね。

でも、神様が絡んでいるみたいだし……実は結構な時間が経ってる可能性はあるんだよね。

もっと恐ろしい可能性もあるんだけど。


……もしかしたら、僕は一度死んだのかもしれないという、恐ろしい想像を胸に秘め、揺らめく炎を、いつの間にか眠ってしまうまで、ただじっと見つめていた。

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