第42話 第5グル-プ

選抜戦の舞台裏、獅子王アーサーが所属する第5グループの選手たちは、試合開始を待つ控室に通された。

この控室は選抜戦会場の中にあり、選手たちが次の出番に備えるための場所として整えられていた。


控室に入ると、最初に目につくのは、部屋の中心に規則的に並べられた長い長机の列だった。

その机には、それぞれ二席ずつパイプ椅子が並んでおり、選手たちはそれぞれの席に腰を下ろしていた。


後ろには、飲食物が丁寧に配されており、水や果物、軽食が整然と並べられている。選手たちは必要に応じて自由に利用できるようになっていたが、食事をとる者はほとんどおらず、どの選手も心を落ち着かせるために各々の準備や心のコンディションの調整に専念しているようだった。


クリーム色の壁は簡素だが清潔感があり、部屋全体には静かな照明が落ち着いた雰囲気を与えている。

窓はなく、外の様子を伺うことはできなかった。ここでは選手たちはただ待つだけ。

テレビもなく、世界の喧騒から遮断されたようなこの場所には、試合の状況を知らせるものは何一つとして存在していない。


これは公平を期すため、後半のグループが過去の試合を見て予習することを防ぐための配慮だ。

絶対的な静寂が、控室へ待機する選手たちへの一種の神聖な敬意を表現していた。


耳を澄ませば、遠くから微かに予選の音が感じられるものの、何が起こっているかを詳しく知ることはできなかった。

たまに聞こえる歓声や何かがぶつかるような音は、かすかに心の緊張感をほぐそうとするかのように漂っていた。


控室には、次に戦う相手たちもいるため、部屋の空気は自然とピリピリとしたもので満たされている。

選手たちは黙々と自分の時間を過ごし、それぞれの方法でこの緊張感と対峙していた。


獅子王アーサーもまた、この独特な空気に包まれつつ、自席に座る。

他の選手たちをじろじろ見渡すわけにはいかず、だからこそ彼は目だけ動かしてそっと周囲を伺った。

どの選手も、それぞれが独自の雰囲気を纏い、強い意志が彼らの面持ちに表れていた。


自分たちも負けるわけにはいかない。獅子王アーサーはその気持ちを強く胸に刻み、小さく拳を握り締めた。




獅子王アーサーは控室の中で、周囲の緊張感が張り詰めた空気に包まれながら、他の選手たちの様子を伺っていた。

彼の中で宿るカエデの意識が、徐々に広がる不安を落ち着けるように心の中で深呼吸する。

そんな中、背筋が伸び凛としたシルエットが視界に入り、ふとした瞬間に見知った顔を見つけた。


それは、オークウッド街からアルカディアに向かう道中の馬車で出会ったクリームだった。

静かな佇まいが彼女らしく、席に大人しく腰掛けている姿が見える。

控室のピリピリした緊張感の中で、彼女の冷静な雰囲気が際立っていた。


獅子王アーサーは彼女に声をかけたい思いに駆られるが、その気持ちをぐっと抑え込んだ。


時間が経つにつれ、獅子王アーサーはやはりじっとしていることに耐えられなくなってきた。

じわじわと体に溜まるエネルギーをどうにか発散したいと考えた彼は、背後に用意されているお菓子に目をやった。

小さな甘いものを口にして、気持ちを少しでも和らげようと立ち上がろうとしたその時だった。


美しい赤髪をなびかせた女性がゆったりと歩みを進め、横を通り過ぎようとした。

彼女の髪は赤く鮮やかで、所々焦げたようにも見えるが、それさえも愛でたくなるような美しさを湛えている。

スラリとしたスタイルと背中に大きな太刀を背負った姿が、見る者に圧倒的な存在感を与え、獅子王アーサーの視線を引きつけた。


獅子王アーサーの目が自然と彼女の髪から足元へと流れ、そして再び太刀の柄へと戻った。まるで彼女の存在が時間を止めたように感じた。その瞬間、控室の扉が開き係員が静かに歩み出て、試合準備の指示を告げる。

その声が、獅子王アーサーの視線を引き戻し現実へと呼び覚ました。


「さあ、皆さん、準備してください。第5グループの予選が始まります」と、係員は控室にいる全員に告げ、出発の合図を送った。


獅子王アーサーは一度深呼吸をし直すと、再び気持ちを引き締めた。立ち上がりながらもう一度控室の周囲を見渡し、心の中で意志を強く持った。「よし、行こう」。

その言葉が、彼の中に眠る勇者の血を再び燃え立たせた。


控室を背にし、他の選手たちと共にフィールドへ向かう一歩を踏み出す。空気は一層張り詰め、これから始まる試合への期待と不安が彼の胸を熱く包んでいた。




控室を後にした第5グループのメンバーたちは、係員に先導されて試合会場へと続く通路を進んだ。

その道のりには観客たちの熱気が満ち、歓声が壁越しに波のように押し寄せてくる。

通路を抜けている間、獅子王アーサーは心臓の鼓動が鼓膜に響くように感じた。


途中、マイクの声が会場全体に響き渡る。

「おめでとう!第4グループからは、サイが歴代最速で予選を突破した!さあ、今大会で彼を止められるものは果たして現れるのか―?」観客たちの歓声が再び高まり、割れるほどの拍手と興奮の声がひとつになって広がった。


獅子王アーサーはその声を聞き、サイの強さを改めて認識する。

「やっぱり凄い…。でも今は目の前のことに集中しないと」と心の中で闘志を燃やす。




選手たちはすぐに試合会場へ案内されると思いきや、再び控室のような場所に通された。

部屋は静かで、外の喧騒がこれ以上聞こえないほどに防音がしっかりしている。

皆が入ると扉が閉じられ、室内は柔らかい光で照らされていた。


前方に立っていたのは、色っぽい大人の雰囲気をたたえた女性、メルクであった。

彼女の黒髪は滑らかで、整った顔立ちと相まって見る者を魅了する。

彼女は一瞬の間を置くと、柔らかく微笑みながら「皆さん、頑張ってくださいね」とだけ言った。そして、彼女の目が何かを語るように静かに見つめる。


その瞬間、獅子王アーサーの意識はふっと暗闇に包まれた。




目を開けた瞬間、彼は緑豊かな森の中に立っていた。周囲には高い木々が茂り、微かな風の音が耳に届く。

しかし、完全な静けさではない。遠くから微かな歓声が聞こえてくることに気付き、彼は自分がおそらくここが予選会場であることを悟った。


木々に取り囲まれた静かな空間に、スピーカーが設置されており、そこからマイクのやたら明るい声が森中に響き渡った。

「さあ、みんな、ここからは殺しなしだぜ!やむを得ない場合を除いて、もしそれが守れない場合は、永久出場停止のペナルティがあるから注意してくれ!」



「それでは…スタートだ!」試合開始のブザー音が森中に響き渡った。

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