第39話 再開

夜の帳が降り、ユグドラシルの森の中、カエデとアーサーは小さな焚火を囲んで静かな時間を過ごしていた。

ゆらゆらと揺れる薪の炎が、彼らの影を地面に踊らせ、暖かなオレンジ色の光が優しく二人を包む。

森の静けさが心を落ち着かせ、カエデは木の実を手にとってゆっくりと口に運んでいた。


「今日も一日、色々あったね」カエデが笑顔でアーサーに語りかけると、アーサーもそれに応えるように頷いた。

二人の会話が途切れることはなく、聞こえるのは、風が木々を揺らす優しい音と、森の生き物たちの静かな囁きだけだった。


すると、森の奥からやってくる足音を聞いた。

見ると、淡い緑色のローブを纏ったアレクが静かに姿を現した。

彼は微笑みを含ませた目でカエデに近づき、一枚の手紙を差し出した。


「嬢ちゃんに手紙だ」


カエデは少し緊張した様子で手紙を手に取った。どんな内容なのか、ドキドキしながら封を切る。

すると、中から出てきたのは、見覚えのある筆跡で書かれた文章だった。

手紙はダリルからのものだった。


カエデの瞳は、急に輝きを増した。

「ダリルからだ…」彼女は小さな声で呟き、手紙をしっかりと抱きしめた。


手紙の内容は、ダリルらしい心配りが溢れていた。カエデの体調を気遣い、

時折家を恋しく思っていないかという優しい問いかけ、そして何より「早く会いたい」という気持ちが伝わるものだった。

最後に、ユグドラシルの入り口で朝9時に会おうという、再会の約束が書かれていた。


アレクは静かにカエデに問いかけた。「ダリルさんに会いたいか?」


カエデは一瞬の迷いも見せずに、「うん、会いたい!」と力強く答えた。

彼女の声には期待と嬉しさが色濃く滲んでいた。


そのやり取りを聞いていたアーサーも、「僕も行きたいなぁ」とそわそわした様子で言った。

だが、彼の存在が知られるわけにはいかない。アレクは穏やかに彼を諭す。

「今回は我慢してくれな、ちび助」。アーサーは少し不満げだったが、カエデに楽しんできてと微笑んで見せた。


カエデは心が暖かくなるのを感じた。久しぶりにダリルに会う約束がある。

その時間を心に思い浮かべながら、彼女は焚火の細かなパチパチという音に耳を澄ませた。

火の温もりが、彼女の心を一層明るくしてくれる。


明日に備えて、カエデはそろそろ寝ることにした。「ダリルに会えるのが楽しみだな」と心で思いながら、焚火の火が徐々に弱まるのを見届け、彼女は優しい夜に包まれて眠りについた。




翌朝、カエデは目覚めると、期待に胸を膨らませながら準備を整えた。

いつもより早く目が覚めたのは、ダリルに会えるという喜びからだろう。

彼女は集合時間よりも早く出発しても余裕があることに気付きながらも、足早にユグドラシルの入り口へ向かった。


朝の冷たい空気が頬を撫で、背の高い木々がやがて彼女を出迎える。

ユグドラシルの入り口が見えてくると、遠くにそわそわと看板付近を行ったり来たりしているダリルの姿を見つけた。

まだ集合時間には少し早いのに、彼が待っているのを見てカエデは思わず微笑んだ。


「ダリル!」カエデは声を張り上げ、駆け足でダリルのもとへ駆け寄った。


ダリルはその声を聞くと、すぐに振り返って笑顔を浮かべた。「お、カエデ!」彼の表情は温かく、

懐かしさが込められている。


二人は久しぶりの再会を噛みしめるように、お互いを見つめ合い、思わず抱きしめあう。

「元気そうだなぁ!」「うん、ダリルも!」と、喜びに満ちた声が森に響いた。




少し落ち着くと、カエデは早速これまでの話を始めた。

「ユグドラシルって、とっても大きかったんだよ!それにね、モモンっていう変な生き物にも絡まれちゃった」


ダリルは興味津々に耳を傾ける。「モモンって、どんなやつだ?」と、彼の瞳は微笑を浮かべていた。


「ふふ、それはね…」と、カエデはモモンの出っ歯や変わった行動を身振り手振りを交えて説明した。


続けてカエデは、『気』について教わったことに話が及ぶ。

「それでね、アレクさんに教わったんだけど、『気』を使えるようになったんだ!」

彼女は嬉しそうに『気』を両手に集中し、ほんのり白く発光させてみせた。


ダリルは純粋にカエデの成長を喜び、「すごいな!すぐにそんなにできるなんて」と褒めながらも、

内心ではかつて自分が『気』の取得を独学で挑戦して失敗した苦い思い出が甦り、一瞬眉間にシワが寄った。


それでも、カエデの誇らしげな姿を前にして、その小さな心の影をすぐに振り払う。

「ちゃんと成長してるんだな、よかったよ」と、彼は心からの安堵を見せた。


カエデは話したいことを一通り話し終えると、「ねえダリル、ユグドラシルの中で楽しかった場所に案内してあげる!」と提案した。彼は快く頷き、「そうか!ならぜひお願いしようかな」と応えた。




こうして二人は、春の訪れとともに色づくユグドラシルの森を歩き始めた。カエデは道中、

彼女が特に気に入った美しい景色をダリルに示し、楽しい出来事を笑顔で語り続けた。


ダリルはその純粋な話を聞きながら、このひと時が続くことを願って歩を進めた。

二人の時間が再び始まったことに、内心で感謝しながら。




ユグドラシルの木々の隙間から差し込む陽の光が、カエデとダリルの二人を優しく包み込んでいた。

鮮やかな緑の葉が風に揺れる音と、鳥のさえずりが森の静けさの中で響き渡っている。

二人は、爽やかな自然の中で穏やかな時間を過ごしていた。


ダリルはカエデの横顔を微笑ましく眺めながら、自らの疑問を口にした。

「なあ、カエデ。『気』も使えるようになったし、選抜戦はどうするんだい?」


カエデは一瞬戸惑い、ダリルと視線を合わせながら考え込んだ。

「うーん、出ないんだ。観戦するよ!」と、彼女は元気よく答えながらポケットから二枚のチケットを取り出した。


「これ、アレクさんが用意してくれたの。ダリルの分もあるんだよ」と言いながら、一枚のチケットをダリルに手渡した。


ダリルはチケットを受け取り、印刷された座席番号を確認した。

カエデとは席がかなり離れていることに気付き、「ん?席がけっこう離れているね…」と、不思議そうに言った。


その言葉に慌てることなく、カエデはさらりと口を開いた。

「人が多すぎて隣では取れなかったんだって、アレクさんが言ってたよ」と事前にアレクから言われていたことを織り込み、納得させるように微笑んだ。


「そうか、まあ仕方ないね」とダリルは微笑み返し、チケットをポケットにしまった。彼はカエデの気持ちを汲み取り、素直にその言葉を受け入れた。


その後、ダリルはカエデを軽く誘うように、「さて、お腹が空いてきたね。王国の中でお昼ご飯でも食べに行こうか」と提案した。


「うん、行こう!」とカエデは嬉しそうに即答した。

二人は心地よい風を受けながらアルカディア王国内の賑やかな飲食店へと向かった。


笑顔溢れる食事の時間が過ぎていき、二人は食後には甘いデザートまで楽しんだ。

そんな温かなひと時を満喫した後、夜が更ける頃ダリルの泊まっている宿へ向かうことにした。




夜の帳が下り、星々が輝く空の下、宿へ向かう道を二人は肩を並べて歩く。

宿に着くとカエデは、久しぶりにダリルと過ごせることが嬉しかったのか、そばを離れようとしなかった。


ダリルもまた、そんな彼女の気持ちはお見通しで、「今日は一緒に泊まるか?」「うん!」


カエデはダリルと会えたのが楽しかったのか、ダリルに会えない期間が長くて寂しかったからなのか。

カエデとダリルは、数年ぶりに同じ部屋で眠りについた。


カエデは明日の選抜戦に夢を描いて。

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