第37話 選手登録
ユグドラシルの森の静寂が戻る瞬間、獣人の元へ駆け足で何人もの大人たちが押し寄せてきた。
彼らはアルカディアの研究者や冒険者たちで、腰には各々のバッチが光っている。
彼らの目は、信じられないものを見たという驚きに溢れていた。
「バッチなしの君があのグリズィを倒したのか!?」口髭をたくわえた中年男性がまず口を切った。彼は青いバッチを胸に付けている。
期待に目を輝かせる彼は、獣人をまるで新種の魔物を見つけたかのように囲む。
「ふふ、まあな。余の持つ力、目の当たりにしたかろう?」獣人はどこか誇らしげに、舞台上で語る偉大な勇者のように語った。
その声には、カエデとアーサーの自信と力強さが宿っていた。
「すばらしい!ぜひ、その力を選抜戦で見せてくれ!」
白髪交じりの老女が手を叩きながら言う。
黄色のバッチを輝かせる彼女の薄い紫のローブが風にたなびき、彼の言葉を後押しするようにひらひら揺れた。
獣人は眉を上げ、「選抜戦か、面白そうだな。我が力を示すチャンスがここにあるとはな…」と、彼らの提案に応じた。
内心、獣人――カエデとアーサーはとても興奮していた。
彼らに囲まれ、獣人はそのような称賛に酔いしれていた。
すぐに周囲の人々に連れられ、選抜戦の会場へと向かうことになった。
ユグドラシルを抜け、市街地へとたどり着くと人々の視線が集まり始めた。
大通りには、珍しい獣化のコアを持つ者を一目見ようと、冒険者たちが集まり、声を掛け合いながら獣人の周りを囲んでいた。
「おいおい、あれは獣化のコアか?聞いたことも見たこともない」背の高い若者が友人に話しかける。
「信じられない…ここまでの威圧感を放つ者を見たことがないぞ!」小柄な商人が驚いた様子で言った。
獣人は群衆の中心で一瞬躊躇して立ち止まったが、その温かい熱気に困惑から次第に嬉しさへと変わっていく。
誇らしげに胸を張り、黄金色の目を輝かせながら、人だかりの中を堂々と進んだ。
「さあ、進もうか。我の道を開け!」と、まるで壮大な劇の中の勇者のように彼は高らかに宣言した。
それに応じるように、周囲の人々は笑顔でその努力を讃え、獣人の進行を手助けするために道を空けた。
ようやく彼が選抜戦の登録会場にたどり着く頃、日差しは既に夕方の金色に輝いていた。
手続きが済むまで後ろを振り返ることで彼が感じたのは、
周囲から送られる期待と、その場に集まる人々の温かい視線。
彼はそのすべてを一心に受け止めながら、選抜戦への第一歩を踏み出す。
アルカディアの選抜戦会場に入ると、そこには試合を前にした緊張感が漂っていた。
選手登録の締め切りが翌日に迫っているためか、会場内は人々の活気と動きで溢れ返っている。
熱気に満ちたその空気が、獣人を迎え入れた。
獣人が会場を見渡すと、地平線まで伸びているような登録の列が目に入った。
参加者の大半は10代後半で、彼らはそれぞれ多様な顔つきをしていた。
背中からは大きな翼が伸びている者、手に雷のようなエネルギーをまとわせている者、不思議なオーラを放つ者など、様々な『コア』を持つ者たちの姿があった。
獣人は静かに列に並ぶ。その巨体を近くで見る人々が、ざわつきを隠せない。
「なんだあれは…?」と周囲からささやき声が上がり、その視線は彼の全身を余すところなく舐めていく。
だが獣人は気にせず、自信を秘めた堂々たる姿勢を崩さなかった。
ようやく列が進み、獣人の番がやって来た。受付の机の前に立つと、スタッフの女性が驚きの目で彼を見上げた。「ええと…、登録のために、まず始めに出身地を教えていただけますか?」
「出身はオークウッドだ」と獣人の口調は自信に溢れていた。彼の声が会場中に響くと、辺りは静寂に包まれた。
「オークウッドですか…」スタッフはメモを取りながら頷く。「それでは、年齢を教えていただけますか?」
「歳か、8つだ」と獣人は答えた。
その瞬間、周囲がざわめき始めた。「8歳だって?」「どう見ても成人にしか見えないけど…」と、
人々の疑念が会場を包んだ。スタッフも驚愕したように顔を上げ、耳を疑った表情を浮かべた。
「失礼ですが、もう一度、年齢をお伺いしてもよろしいですか?」
その反応を見て、心の中にいるカエデが焦る。そうか!今は姿が違うんだ。
気を取り直して、少し小声で言い直した。「…18歳だ」
その言葉に人々のどよめきは徐々に収まっていった。直後、スタッフも妙に納得した表情を取り戻し、名簿に記入を続ける。
「最後に登録名どうされますか?」
獣人は一瞬答えに詰まった。
――しまった名前を考えてなかった。
ふと、近くのガラスに目を向けた。
そこには真っ赤な毛皮に覆われた屈強な獅子の獣人が写っていた。
カエデとアーサーは初めて見る自身の融合した姿に見とれていた。
「――大丈夫ですか?」受付の人に声を掛けられ、ふと我に返る。
「獅子王アーサーだ」自信満々に彼は答えた。
受付は一通り名簿に記入を済ませた。
「ありがとう存じます、獅子王さん。登録は完了しましたので、試合に備えてください」と柔らかな笑顔を浮かべた。
その受付を終えた獣人は、珍しいものを見ようと近づいてくる人たちを何とか振り切り、
ユグドラシルの森の中に戻ってきた。
周りに人がいないことを確認すると、
獣人は融合を解き、アーサーとカエデに分かれた。
融合の維持に気を張っていたため、一気に緊張の糸が解け2人はその場にあおむけに寝そべった。
「勇者になるのも大変だね!」
「そうだね」
「選抜戦も頑張ろうね!」
「うん!」
二人はそんなことを話しながらまた、ユグドラシルの森の中で夜を迎えた。
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