第36話 クモリ
戦いを終えたカエデとアーサー、いや、光り輝く体毛と鋭い爪を持つ獅子の獣人は、
周囲の静寂を取り戻した森の中でひときわ目立っていた。
しかし、今は勝利を味わう暇もなく、燃え尽きたはずの炎が静かに周囲の木々に火を移そうとしている様子を見て、
彼は急いでその火をパタパタと叩き消し始めた。
「ふぅ、危ないところだった。」と独り言を洩らしながら、獣人は急いで火を消し終えると、すぐにアレクの無事を確かめようと振り返ると。
そこには元気に立ち、軽く拍手をしながら笑顔を浮かべるアレクがいた。
「えっ」その獣人は驚きのあまり固まる。
アレクは落ち着いて頷きながら、「なんとかなると思っとったからのう。お前さんたち二人だけでやらせてみたんじゃ」
と柔らかく応えた。その言葉に獣人は少し不満げに口を開く。「何もわからなくて大変だったんだよ!」
「いやいや、ちゃんとヒントくらいは出しとったぞ?」アレクは微笑みながら焚火があった方を指さす。
「あれは二人が戦っている隙に、元々あった捨てられた焚火にわしが着火したんじゃ」といった。
確かに、こんな森の奥で誰も周りにいないのに火が付きっぱなしの焚き火があるのはおかしいか。
「そっか、なんか変だとは思ったけど…」と獣人は言う、しかし少し考えてから言葉を返す。「でも、だます必要なかったじゃないか!」
「まあまあ、結果『融合』は成功したじゃろ?結果オーライじゃ」アレクはへらへらと笑うが、獣人は不満そうな顔をする。
その時、背後で木々のざわめきがした。獣人はその音に敏感に反応した。
誰かがこちらに近づいてくる気配が、森の静けさをかき混ぜるように迫っていた。
森の突き破って、一人の男が猛烈なスピードで近づいてきた。
スキンヘッドの彼は、5本の指先から放たれる糸のようなものを次々と木々にひっかけていく。
それにより、まるで空を飛んでいるかのように森を縦横無尽に疾走している。
その動きは滑らかで、風を切る音が響き渡った。
その男が獣人の姿を見ると、地面に降り、即座に構えをとる。
強烈な視線が、獣人を射抜いた。
その男は獣人に比べて一回り体は小さかったが、そのものから放たれる威圧感に、声も上げられなくなる。
獣人は、かすれる声で何とか「敵じゃない」と短く言い放つ。
彼の言葉にスッと戦闘態勢を緩めた男は、
「そうか!よかった!」と、彼の耳をキンキンさせるほどの大きな声で、迷いのない笑顔を見せた。
圧迫感から解き放たれた獣人はほっと一息を突く。
「なるほど、獣化のコアですか。珍しいですね!」と、スキンヘッドの男は獣人の体を興味深げに眺め回した。
その目は好奇心に溢れ、まるで特異な宝石を見つけたかのように輝いている。
彼は20代前半と思われる若い男で、体を真っ赤な道着に包んでいた。
その胸には緑色のバッチが光る。
その身長は成人男性にしては小さいが、その筋肉の張り具合からは、極めて鍛え抜かれたものであることが一目でわかった。
道着の隙間からちらりと見える肌は、まるで鎧のようでさえある。
「おいらの名はクモリ。アルカディア王国直属の戦士だ!」
大きな声で熱烈に名乗るクモリに、親しみやすさと熱意が溢れている。
先ほどまで動いていたからか、体からはまだ湯気が立っていた。
「ところで、この辺に魔物はいなかったですか?」彼の声はまるで雷鳴のように響く。
獣人は彼の質問に応じ、少し先にある大熊の魔物の宝石の破片が残る場所に案内することにした。
歩を進めると、クモリは興味深げに目を輝かせ、その破片を拾い上げてじっと見つめ始める。
「ほー、これはグリズィですね!」クモリは感心しながらその宝石のかけらを眺める。「これを一人で倒したんですか?やりますねぇ!」と褒め称える。獣人は少し恥ずかしそうに頷く。「ところでここで何を?」クモリは獣人に尋ねた。
「選抜戦のためにここで修行していたんだ。」
クモリはその言葉にもともと大きな目をさらに見開き、「バッチを持つ前からそんなに強いんですか!僕も負けてられないなぁ!」と大きな声で感嘆し、その道着の胸元をドンと強めに叩いた。
「登録は明日までなのでもしお済でなかったら早めにお願いしますね!忘れる人がちらほらいて、それで毎年受付で揉めてるの見るのが恒例行事みたいになっちゃってるので気を付けてくださいねー」
――そういえばやってない。。獣人は少し焦った。
クモリは、落ちている宝石の破片を手早く拾い上げ、再び背筋を伸ばした。
「それじゃあ自分は報告があるので!」と言いつつ、立ち上がると、彼は肩越しに笑顔を残して、
「こんな奥まで来ると、1人で迷うことも多いから気をつけてね!」と声を掛けたかと思うと、
「よし、こんな新人がいるなら僕もうかうかしてられないなぁ!」と元来た道を凄まじい勢いで走って戻り森の中へ消えていった。
その姿が遠ざかるのを見送りながら、獣人は「1人じゃ…」と言いかけてアレクのいた方へ目をやるが、そこには誰もいなかった。数瞬の間、森の音しか聞こえない静けさが彼を包む。
少しすると、森の中から何人もの大人たちがこちらに向かってきているのが見えた。
それはまるで、魔物の気配か、戦闘の音を聞きつけて集まってきたかのようだった。
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