第34話 勇気の魔物
「変身!」カエデとアーサーは両手を叩き合掌した。
二人の手にまとわりついていた白い光輪が、瞬く間に一つの大きな光輪となり、合掌した手の周りをぐるぐると回る。
その光は次第に強く輝き、手を離すと、両手の間を繋ぐように白い光が走った。
その輝きは炎の如く真っ赤に染まり、カエデの両手、アーサーの両手の間で激しく伸びていった。
アーサーの両手の光は突然燃え上がった。
その炎はアーサーを取むと、彼の体を白い発光体へと変え、
カエデの両手の光の中へと吸い込まれていった。
カエデの元へと急襲してきた大熊の魔物は、大きな電子のドラムのような音と共にそのまま飛びかかろうとする。
しかし、その瞬間、カエデの周囲に炎の柱が立ち上がり、彼女を完全に包み込んだ。
その火の勢いに怯み大熊は思わず後退した。
力強く燃え上がる炎は、周囲の木々に揺らめき森に荒々しい光と影の舞を描き出す。
やがて火柱の高さが徐々に弱まり、周囲に漂う静寂が訪れた時、
その火を剣で断ち切るように力強い大きな手が現れ、突如火柱が真っ二つに裂け煙と光が晴れる。
その中から顕れたのは、獅子のような異形の戦士。
体長は成人男性よりも少し大きく、体全体は燃え盛る炎の如し真っ赤な体毛で覆われている。
鋭く輝く獅子の牙が口元から覗き、彼の雄々しさと威圧感を際立たせる。
体全体が滑らかで強靭な筋肉で構成されており、その姿はまさに動的な彫像のごとく美しかった。
彼の髪は燃える太陽のように鮮やかで、頭頂から背中へと伸びるタテガミが烈風にたなびく。
しっかりと二足で立ち、力強い瞳は黄金色に輝き、狙いを定められた者を恐怖に陥れる威圧感を放っている。
彼はまるで勝利を確信しているような笑みを浮かべていた。
大熊の魔物はその濃い紫色の毛を揺らしつつ、目の前の新たな戦士をじっと見据えていた。
その獣人は、自らの半分ほどの体長しかない。
火柱から現れたその威圧感には一瞬ひるんだが、その恐怖心は今やなくなっていた。
大熊は自身の巨大な右手を振り上げ、獣人に向かって全力の一撃を放つ。
しかし、その獣人は大熊の攻撃を左手一本でしっかりと掴んだ。
ニヤリと自信に満ちた笑みを浮かべ、その強烈な握力で魔物の手を止めた。
驚愕と怯えが大熊の顔に浮かび、その異様な力にたじろいだ。
獣人は掴んだ左手を強く引き、後ろに下がりながら大熊を傾かせた。
重心を崩された大熊は前につんのめる。
体勢を崩した大熊に、獣人は一瞬の隙を狙い右の拳を巻き始め、白い『気』を拳に流し込んだ。
「うおりゃー!」獣人は闘志を湛えた声で叫び、勢いよく大熊の顔面へと拳を叩き込んだ。
大熊はその衝撃で背後に倒れ込み、轟音と共に大地を震わせた。
大熊はすぐに立ち上がり、獣人に背を向けたまま四足で逃げ出した。
ちらちらと後ろを振り返りながら、できる限り遠くへと逃げようとする、その必死さが感じられた。
「させるか!」獣人は全身の力を込めて足を踏みしめ、地面を蹴って大熊の後を追った。
彼の跳躍は凄まじく、大熊の影に追いつき、ちょうどその真正面に落下するように跳び下りた。
空中で獣人は咆哮と共に声を上げ、右拳に力を込める。
瞬時に彼の拳からは炎が巻き上がり、まるで強大な意志そのものを具現化したかのように燃え盛る。
「だりゃ――!」その一撃に全てをかけ、獣人は火に包まれた拳で大熊の首にある宝石に狙いを定め叩きつけた。
宝石は鋭い音を立て砕け散り、そのまま細かな破片となった。
ガシャリという音が響き、そして静寂が訪れる。大熊の魔物はその場に力を失い、やがて身体がボロボロと崩れ始めた。
濃紫の毛の鎧が音もなく落ち、やがて塵となって風に乗るように消え去った。
戦いは終わった。残されたのは、炎の如く美しく立ち尽くす獣人だった。どこかにカエデとアーサーの心が宿っているその瞳には、勝利の満ち足りた輝きがあった。そして、ふいに空を見上げ、森の中を通り過ぎる風を感じながら、勝利に酔いしれた。
―――――――――――――――――――
ここはとある場所。どこかは解らぬが、全体が薄暗く、陰鬱な雰囲気に包まれている。
一見して、その場所は巨大な研究所のように見える。
天井は高く、壁は鋼鉄のような冷たさを感じさせ、幾何学的かつ無機質な美しさが漂っていた。
整頓された机の上には、さまざまないくつもの装置が並ぶ。
それらはどれも見た目に無骨で、最新の技術を惜しみなく詰め込んでいるように見える。
複雑なパネルや計器が並ぶ中、ディスプレイに映し出されるデータがせわしなく変わっていく。
日光の当たらないその空間は、人工の照明に頼っているが、その光は冷たく、どこか生気を欠いている。
この場所に詰め込まれた数々の機械が、かすかに低い音を立てる以外は、一切の風も出入りもない。
そのような静寂の中で響くのは、キーボードを打つ音だけ。
それは一つの机に向かい、何かを入力している人物のもとから鳴り続けているのだ。
その人影は、暗いシルエットに溶け込み、淡々と作業を続けている。
彼の周りには、奇妙に光る計算式と画像がディスプレイを占有しているが、彼は一切気にせず作業に没頭している。
そして、そのキーボードの音に重なるように、どこかから呻き声が微かに聞こえてくる。
それは、存在を主張するようでありながら、それ以上の力を持ち得ない締めつけられた悲鳴のようだった。
研究所の片隅には、大きな檻が置かれている。
キーボードを打つ人物の目が、檻に一瞬投げかけられるが、またすぐに再び浮かび上がるデータを見るために戻る。
ふと、何かを感じたのかキーボードをたたく音が止まり、
男は天井を見ながらひとりごとにしては大きな声でつぶやく。
「あら、グリズィ君死んじゃったかも!」
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