第33話 絶体絶命
力強く放たれた岩によって焚火が完全に消され、二人の頼みの炎が失われてしまった。
アーサーとカエデは一瞬絶望感に包まれたが、それよりも何よりも、焚火を確実に消し去ったの知能の高さに恐怖を覚えた。
それでもアーサーは「まだ終わりじゃない、カエデ!」
彼はオレンジ色の毛をふるわせ、少し興奮した様子で声をあげる。
二人は必死で気持ちを切り替え、戦闘を続けた。
アーサーは大熊の注意を引くため、持ち前の敏捷さを活かして大熊の周りを駆け巡り、時折素早い動きで大熊を惑わした。
アーサーはこの絶望的な状況を楽しんでいるようにさえ見える。
危険を顧みず、新しい戦術を試そうとする彼の姿勢には勇敢さが見えた。
一方でカエデは、徐々に疲労と不安が心を蝕んでいた。彼女はやや後退しながら、森の中で使えるものを探す。
小石や枝を拾い、それを『気』で包んで投げつけるが、大熊にはほとんど効果がない。
「これじゃ、だめかも…」カエデの気持ちは徐々に弱気になっていった。
アーサーはカエデのそんな様子にも気付かず、まだまだ戦えると思い始めている。
「見てて、カエデ!次はこうだ!」まるで遊びのように、新しい動きを次々に試していた。
しかし、彼の攻撃は相変わらず効かず、誇示する技巧も大熊の硬い毛皮には歯が立たない。
「アーサー…」カエデは心の中で募る不安に押し潰されそうになりながら、小さな声で言った。
当の本人には何も聞こえていないようだ。
しばらくすると、カエデに疲れが見え始めました。
余裕でよけていた大熊の大ぶりの攻撃も、今では紙一重で何とかかわせるようになり、
通常の攻撃は避けることさえできず、何とか体に『気』を流し、ダメージを軽減するので精いっぱいです。
そして元気に動き回るアーサーにも疲れの色が見え始め、
元気な本人とは裏腹に、動きが少しずつ鈍くなり始めます。
カーサーの二人は、まるで悪夢のような状況の中に立っていた。
大熊の魔物はその巨体と爪を振りかざし、カエデに迫った。
アーサーの警告をかき消すほどの恐ろしい唸り声が響き渡る中、カエデは瞬間的に構えたが、大熊の渾身の一撃をもろに受けてしまった。
カエデは即座に『気』を体全体に回し、傷を最小限に食い止めることができたものの、その衝撃で吹き飛ばされ倒れこんでしまった。地面から舞い上がった埃と共に、彼女の精神はしばしの間、深い静寂に包まれた。
アーサーはすぐに彼女のもとに駆け寄る。
「カエデ、しっかりして!」地面に膝をつき、彼女の顔を覗き込む。
カエデの目には、絵本の中のようにはいかない現実の重さが映っていた。
「もう終わりなのかな、アーサー…」彼女は小さな声で呟いた。
乾いた笑顔の中に、あらゆる抵抗が消えかけていた。
「終わりじゃないよ!」アーサーは力強く言い切る。
その茶色の大きな瞳は、真摯さの中に温かさを宿していた。
「どうすれば勝てるの?」カエデは詰まりそうな声で続けた。
「わからない。でも、最初から勝てないと思ったら、絶対に勝てないよ。」
アーサーの言葉は単純で、根拠のない無責任なものだったが、カエデの心には一滴の清水のように響き、胸の奥を解いた。
「そうだね…」彼女は力を振り絞り、微笑みながら立ち上がる。
彼女の体に勇気が流れ込む。
その瞬間、二人の体は不思議な感覚に包まれた。全身の神経が研ぎ澄まされ、外界のすべてがスローモーションで動いているように感じられる。
周囲を取り巻く魔物の荒々しい息遣い。揺れる木々のささやき。
先ほどまで気にもしていなかった小さな音まで聞こえてくる。
「聞こえる、カエデの心臓の音が」
「感じる。アーサーの魂の鼓動が」
二人がはっと我に返ったその時、彼らは手のひらに、白く輝く光輪が回っているのを見た。
まるで囁くように、光が彼らの手に沿ってくるくると旋回する。
互いの目を合わせなくても、彼らには今すべきことがはっきりと分かっていた。
「変身!」
大熊が唸り声をあげながら、ドシンどしんと音を立てながら二人の元へ走る中、彼らの声と二つの拍手の音がはっきりと森の中に響いた。
―――――――――――――――――
オークウッド街のカエデの部屋は、昼下がりの穏やかな陽射しが差し込む静かな空間だった。
彼女の情熱と好奇心を映し出すかの如く、勇者の物語が詰まった本が至るところに散乱していた。
様々な色のカバーを持つそれらの本は、幾度となくカエデの小さな手によりめくられ、そのページはすでに彼女の心の奥深くに刻み込まれていた。
窓がかすかに開いており、外で揺れる木の葉のざわめきと同じように、部屋の中でも薄い風が吹き込んでいる。
そこにある、勇者の物語を綴った本の一冊が、その風にあおられ、ページを舞い散らしながらめくり始めた。
丁寧な手書きの文字と挿絵で飾られたその本は、しばらくの間、音を立てながらページをくるくると行ったり来たりする。
まるで、カエデの冒険を応援するように、自ら生きているかのように見えた。
そして、その動きは徐々に落ち着き、とあるページで静止した。
「まず最初に勇者に必要なものは勇気である」
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