第32話 ワンチャンス

カエデとアーサーは依然として巨体の大熊の魔物と対峙していた。

アレクが戦線離脱した今、二人は互いに息を合わせ、どうにかしてこの状況を打開しようと試みていた。

カエデは魔物の攻撃を受けることはやめ、白い『気』を足に纏わせて素早さを高め、魔物の猛攻を避けることに全神経を集中させた。


「アーサー、気をつけて!」カエデは鋭い爪を交わしながら叫んだ。


アーサーもまた、魔物の動きを注意深く見守っていた。彼の目に映る魔物の体は、複数の傷跡が散らばっているが、その中で彼は奇妙な違和感を覚えていた。首の後ろには一切傷がなく、よく見ないとわからないが、その部分だけ毛並みが微妙に異なることに気づく。


――あの首の後ろに何かある。と、アーサーは直感的に感じたその部分を渾身の一撃で攻め立てた。すると硬い抵抗を感じ、アーサーの目に輝く白い宝石が毛皮の間からちらりと見えた。「宝石だ!あそこにある!」


アーサーの声を聞いたカエデも、すぐにその場所を確認する。大熊は焦ってうろたえ、カエデたちの攻撃から首を守るためにさらに激しく動き始めた。しかし、カエデとアーサーにはその宝石を割るための方法がありません。


するとアーサーが「融合をしてみよう!それしかないよ!」




二人は魔物の攻撃を避けながら距離を取り、素早く息を合わせて融合の準備を始めた。目を閉じ、互いの『気』を体全体に流す。

「変身!」と声を重ね合わせ、拍手のように両手を合わせ両手を離した。


しかし、何も起こらない。彼らが期待していた変化も力も現れることはなかった。

大熊の魔物はその間にもカエデに向かって苛烈な一撃を振り下ろた。

カエデはよけようとしたが、融合のために集中力を使っていたため、判断が遅れてしまった。

とっさにカエデは攻撃を防ぐために『気』を腕と足に流し込んだ。


「うわっ…!」カエデは再び吹き飛ばされ、地面に転がった。

『融合』は失敗した。なにもえることができず、ただ肝心なときに集中を欠き、彼女の判断力を鈍らせる結果のみに終わった。




吹き飛ばされたカエデはすぐ立ち上がり、「よしアーサー!ほかの方法を考えるよ!」と、アーサーに言った。

アーサーを――そして自分を奮い立たせるために。




カエデは一瞬の猶予を得て、周囲を見渡した。彼女の視界の端に、まだぱちぱちと音を立てている焚火を見つけた。

そこは最近誰かがキャンプをしていた跡で、赤い光がちらついている。


「アーサー!私は魔物を引きつける。あなたはあの火を取ってきて!」カエデは素早く提案した。

魔物が火に弱いのではないかという可能性に賭けたのだ。


その間、カエデは必死に魔物の注意を引きつけるために走り回る。

近くを走り回る彼女を見て魔物は、明らかに苛立ちながら攻撃をふるう。




しばらくすると、アーサーは一本の木の棒に火を移し駆け戻ってきた。

「カエデ、とってきたよ!」と棒を掲げて見せる。


「それを使って、あの宝石に!」カエデは叫びながら、魔物の気を引き続ける。


アーサーはカエデの言葉を聞いて猛然と動き出す。

巧みに魔物の背後に回り込み、炎の先端を大きく振りかぶって、首の後ろへと叩きつける。

宝石を覆う柔らかな毛皮が炎に炙られ、宝石にわずかではあるが傷跡がついた。


魔物は鋭い悲鳴を上げ、その体を振り回して抗おうとした。

続けてアーサーは魔物につかまりながらもう一度火の棒を用いて攻撃した。

さらに傷がついた――が、今度は木が折れ、火が消えてしまった。

「これで少し傷がついた…でもこれなら!」とアーサーは希望に満ちる。

「いけるよ、カエデ!でもまだ火が必要!」アーサーは魔物から飛び降りながら、熱意を込めた声で伝える。


アーサーはもう一度火を取りに行こうと考えたが、魔物はアーサーの前に立ちはだかり、焚火へ道を完全に封じた。

「カエデ!ここは僕が持ちこたえる。カエデ、急いで!」


アーサーは自らの力を振り絞り、彼の特技である分身を用いて分散し、魔物を翻弄した。

何体ものアーサーが一度に動き、混乱した魔物はしばらくの間何もできずにその場で振り回されていた。


その間にカエデは迅速に焚火の元に駆け寄り、小さな火を新たな木の棒に移して戻った。


カエデは先ほどのアーサーのように首の後ろに飛び火をぶつけようと考えていた。

しかし、魔物はアーサーを無視して、その目をカエデに向けた。


魔物はカエデにまた攻撃をふるいます。

避けるのに精いっぱいで、カエデは攻撃をする余裕がありません。


すると、アーサーが木を大きく蹴り上げ魔物の背後を、魔物を跳び越すぐらい大きく飛んだのを視界の端に見ました。


「アーサー!」カエデは火の棒を空中に投げた。

その瞬間、アーサーは空中で火の棒を掴むと、そのまま炎の一撃を魔物の宝石に打ちつけた。

木の棒が地面に折れ落ち、火が消えるのと同時に、宝石に確実な小さなヒビが入る音が聞こえた。


「やった!」アーサーが力強く叫んだ。


魔物はまたも悲痛な叫びをしたもののまだ元気に動いています。


「よしもう一度!」と二人は声をそろえて言います。


そのとき、魔物は大きく吠えながら近くにあった岩を持ち上げ、カエデに向き直ります。

まずいと思ったカエデは足に『気』を流し攻撃に備えます。


魔物はすぐに岩を投げました――がカエデのいる方とは全く見当違いの方に投げ、彼女の背後の方に消えていきました。


「よし!魔物も疲れてきてる!」カエデは喜びます。


ドシンとその岩が地面におちた、その音が響き渡ったとき、アーサーが叫んだ。「カエデ!火が…」


焚火は完全に岩の下敷きになっていました。

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