第31話 大熊の魔物

カエデとアーサーは必死に森の中を走っていた。大熊の魔物が彼らのすぐ後ろで木々を薙ぎ倒しながら追ってきている。呼吸を整えようとするたびに、心臓が喉元で激しく鼓動する。アーサーは時折後ろを振り返り、カエデも来ていることを確認する。


「とにかくアレクのいった方へ走るんだ!」アーサーが焦りに駆られて叫ぶ。


「うん!」カエデの声もまた震えていたが、彼女の足は止まらなかった。


大熊の魔物は圧倒的な力で森を通り抜けていく。

木々をなぎ倒し、狭い道を無理やり広げながら、彼らを狙ってくる。

その圧倒的な存在感が、ますます彼らを圧迫した。


しばらく進むと、二人はついに開けた場所に飛び出した。しかし、そこは袋小路だった。逃げ場を失い、二人は立ち止まってしまった。大熊の魔物もすぐにその場に追いつき、地面に低い唸り声を響かせながら、距離を詰めてきた。


カエデは魔物をしっかりと見据えていたものの、小さく震えていた。アーサーは必死で次の策を考えようとしたが、時間は残されていなかった。魔物の鋭い爪が振り上げられ、迫りくるその瞬間、カエデは思わず目をつむった。




バンと大きな音が鳴り響いた。次の瞬間、カエデは恐る恐る目を開けた。


白い髪をなびかせ、淡い緑色のローブをまとった彼は、青い『気』を右手に纏いながら、大熊の魔物の爪を叩き返していた。魔物を一瞬たじろがせる。その姿はまるで伝説の勇者のようだった。


「アレク!」


「お嬢ちゃん、ちび助、大丈夫か?」アレクが少し振り返りながら声をかけた。


カエデは息を切らしながらも、ほっと胸を撫で下ろした。アーサーも同じく安堵の表情を浮かべていた。


アレクはすぐに大熊の魔物へと向き直り、再び右手に力を集中させる。青い『気』が手を覆い、その輝きが増した。彼は一瞬の隙をついて、魔物の腹部へ鋭い一撃を放った。大熊の魔物は大きく後ろに飛ばされ、地面に転がる。


それでも、この魔物はまだピンピンとしていた。倒れることなく、グラつきながらも立ち上がろうとする。長年積み重ねられた傷跡が、痛々しくもその凶暴性を物語っている。


「まあまだ立てるじゃろうな…」アレクは呟くように言いながら間合いを計り直す。


「お嬢ちゃん、警報は聞こえたか?」


「ううん、聞こえなかった。」


「だよな。―――思っているより事態は深刻かもしれん。」

アレクは小さな声で独り言をつぶやく。


「さあ二人とも修行の成果を試す時だな。」


「あいつと戦うの?」


「ああそうだ、あいつの強さは10段階中の2ぐらいじゃ、今のままじゃ正直それでも厳しいだろうが、戦うことはできるじゃろう。

もちろんわしもアシストはする。」


とんでもなく強いと思っていた魔物が、世の中では弱い魔物ということに少し落ち込んだが、

これも一つの試練だと思いカエデは自分を奮い立たせる。


「アーサー!行くよ!」


「もちろん!」


二人は大熊の魔物にしっかりと向き直し戦闘態勢を取った。




アレクは彼らに経験を積ませるために少し離れる。


大熊の魔物は、アレクを危険と判断したのか、カエデとアーサーに狙いを定めた。

充血した目が二人を捉え、唸り声とともに迫ってくる。


「来る!」カエデは覚悟を決め、瞬時に腕に『気』を集中させる。白い光が腕に纏われ、大熊の鋭い爪が勢いよく振り下ろされるのを迎え撃った。鋭い衝突音が響き渡る。彼女の腕はダメージを受けなかったものの、その圧倒的な力に耐え切れず、体は吹き飛ばされてしまう。


「わっ!」カエデは空中で『気』を背中に流し込み、木に叩きつけられる直前に、衝撃を緩和させる。木にぶつかる一瞬、彼女は上手く力を吸収したが、その衝撃で一時的に目がくらみ、地面に倒れこんでしまった。


「カエデ!」アーサーは心配しつつも素早く行動を開始。大熊の背後に素早く回り込み、爪を出してその背中を勢いよくひっかいた。指先に集中させた『気』が白く輝き、大熊の魔物を攻撃する。


しかし、その毛皮は驚くほどに堅固で、アーサーの攻撃はまるで効かない。

ガチンと音を立ててアーサーの爪を魔物の毛皮が阻む。傷一つつくことなく無力さを感じさせた。


「嬢ちゃんは、攻撃を受けるときに足にも『気』を流して踏ん張るんじゃ。ちび助、むやみに攻撃をするんじゃない!魔物の弱点を見極めろ!」少し遠くでアレクがアドバイスを送る。




カエデとアーサーは、大熊の魔物と緊迫の戦いを続けていた。大熊の魔物は、その巨体を生かして地面を砕くような爪を振りかざし、彼らを圧倒しようと迫ってくる。アレクからのアドバイスを受け、カエデは迅速に自分の動きを最適化し、反撃の機会を狙っていた。


カエデは魔物の攻撃を受けるたびに、一瞬の間を置いて腕と足に『気』を送り込み、体全体を防御に集中させる。彼女の体が白く発光し、その強烈な力を受け止めるために必死に踏ん張る。その中で、どこかに弱点はないかと慎重に魔物の動作を探る。


一方でアーサーも攻撃を控えつつ、目を凝らし、大熊の動きを観察していた。

彼の敏捷さを生かして魔物の周りを駆け巡り、隙を見つけようとしていた。

普通の攻撃は通用しないことを悟った彼は、解析的に魔物の習性を見極めようとしていた。


大熊の魔物は時折アレクをちらちらと見やりつつ、カエデとアーサーに連続して攻撃を仕掛ける。

その鋭い一撃に対し、カエデは必死に『気』を使いこなして反撃のタイミングを計っていたが、なかなか効果的な手応えを得られずにいた。


幾度かの攻撃交換の後、大熊の魔物は再び地面を踏みしめると意表をついて反転し、アレクへと向かって突撃した。

アレクは前方のカエデとアーサーに意識を集中していたため、無防備な状態だった。


魔物の攻撃は見事にアレクに直撃し、彼は背後の木に叩きつけられてしまった。

重い音が響き、アレクの体が地面に崩れ落ちた。

気絶した彼を前に、魔物は勝利の雄たけびを上げ、その充血した瞳を再びカエデとアーサーに向けた。


カエデとアーサーは動揺を隠せなかった。

アレクがもう戦えないのなら、自分たちだけでどうすればいいのかと頭をよぎる。


だが、攻撃を受けて時間を稼ぐことはできる。

この音を聞いて誰かが来てくれるか、アレクが起き上がるのを待つことならできる――と。


その時、大熊の魔物が再度カエデに向かって凶暴な一撃を振り下ろそうとしていた。

カエデは即座に気を集中させ、受け止めようとしたが、その力は彼女を大きく吹き飛ばし、再び地面に転がせた。


立ち上がったカエデは、ようやく気づく。

魔物は先ほどまでアレクの攻撃を恐れて力をセーブしていたのだ。


「カエデ!大丈夫!?」

アーサーが心配そうにカエデの下に駆け寄る。


「う、うん、何とか」


「カエデ!アレクも動かなくなっちゃった。」


だがここから逃げれる見込みはない。


「とにかくやれるだけやるしかない。」

二人は少し顔をこわばらせながら自身を奮い立たせる。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る