第30話 魔物襲来

それから数日間、カエデとアーサーは、森の中の広場で訓練を続けていました。緑の中に和やかな光が差し込む空間で、

彼らは再び例のピラミッドを両側から挟み込み、金属製の玉をお互いの手から流れる「気」で支える練習をしています。


「ほら、今度は上手くいってるよ、カエデ!」アーサーが嬉しそうに言います。

揺れる光を纏う金属の白い発色が安定していました。


「うん、やっと少し慣れてきた感じだね。でも、もっと長時間止められるようになりたいな」とカエデも笑顔で応えます。指先に集中を溜めながら、彼女はアーサーとの調和を心の中で感じていました。


二人は互いに声を掛け合いながら、玉を坂の頂点近くで上下に揺らしつつ、なおも必死にバランスを取っていました。何度かの失敗の後、彼らは自信とともに技術を向上させていたのです。


ゆっくりと、話題は『融合』についての夢見がちな会話に移っていきました。「ねえアーサー、もし『融合』したら、どんな姿になるのかな?」とカエデが興味深げに話を振ります。


アーサーは想像を膨らませて、「うーん、僕は体が大きくなって猛獣みたいに強くなって、火とか使えるとかっこいいなぁ」と彼もまたワクワクして話し始めます。


カエデは目を輝かせて、「それもいいね!私は体は大きくならなくてもいいから、光の剣が使いたいな!勇者みたいに!」と夢を共に描く。


「わぁ、すごいね!僕もそれにもなりたいな」とアーサーは本気でそう思っているように語り、気を少し引き締め直しました。




そして、彼らは『融合』のときの掛け声について話し始めます。「それからね、『融合』する時の掛け声ってどうする?」カエデが小さな声で尋ねました。


「かっこいいのがいいな。」アーサーは耳をパタパタさせながら言う。


しばらく考え込んだカエデは、顔を上げ、「やっぱり、シンプルで一番かっこいいのは『変身!』じゃない?」と、これ以上ないと思わしげに言います。


「『変身!』いいね。」とアーサーは大きく頷いた。


「じゃあ決まりだね、これから『融合』の訓練をするときは『変身!』でやろう!」


その瞬間、ピラミッドの頂点にあった玉が、再び微かな揺れを見せたが、今度は以前より長く均衡が保たれた。

二人は訓練の成果を感じ、互いに微笑みあいました。


「僕たち、頑張っているよね、カエデ」


「うん、すごく進歩してる。きっともっと上手になるよ、アーサー!」




―――そんなことを言った直後、近くを何か大きなものが落下してきました。

ズドンという大きな音とともに、落下の衝撃で、地面がぐらぐらと揺れ、カエデとアーサーは球を落としてしまう。


「あっ落ちちゃった。。」


カエデは落ちた球を目で追うと、何かにぶつかり球が止まりました。

カエデはその何かを見るために目線を上げると。


そこには、大きな大きな魔物がいた。

大人の2倍はあろうかという体格に、体中は濃い紫色の硬そうな毛でおおわれたクマのような生物がそこにいた。

目は充血して真っ赤に染まっており、体にはところどころに傷があるのが近くから見ると分かる。

その魔物はその充血した目をぎょろぎょろとし、カエデとアーサーに焦点を合わせると、低い唸り声をあげた。


一目で今の状況はまずいと察したアーサーは驚いて動かなくなっているカエデに声をかけて、

「しっかりしてカエデ!逃げるよ!」


「う、うん」


門から魔物が脱出したという警報もない、なぜこんなところに魔物がいるのか、そんなことを考えている暇はない。

2人は、森の中をかけだした。




―――――――――――――――――――


ちょうどそのころ、王立研究所の奥深くの部屋に2人と1匹がいた。

清潔な白い壁には、必要最低限の装飾しか施されておらず、棚には資料や科学的な機器が整然と並べられている。

室内の中央には大きな木製のデスクが置かれ、その周囲には柔らかい椅子がいくつか並んでいる。


その部屋の隅に立っている青年に目を向けると、まるで彫像のように静謐で、

黒い髪を短く整えた髪型からは真面目さと清潔感が漂っていた。

彼は、慈愛をもって目の前の魔物を観察する。


そのそばには、輝く赤髪をきれいにまとめた若い女性――パセラが立っていた。

彼女の髪はところどころ焦げていてもなお鮮やかで、彼女の自信に満ちた表情とともにきらりと光っている。

長身でスラリとした体つき、堂々とした姿勢、背中には彼女の身長を超える太刀が鎮座していた。


「さあ、モモン君。ちくっとするだけですからね。」黒髪の青年が柔らかく言いながら、注射器を手にとって採血の準備を始めると、毛深く、出っ歯が特徴的なモモンが椅子に座り、不安げに耳を動かした。


その時、モモンの耳がぴくりと反応した。「なあ、アレク、ユグドラシルの方で、なんかでっかい魔物が急に現れたみたいだぞ」と言って、小さな体を椅子から少し起こした。


パセラはモモンをじっと見て、「あはは、魔物が急に現れることなんてないのよ。多分注射が嫌だからって変なこと言ってるんでしょ?」と冗談めかして言った。


青年は注意深く聴きながら、机にあった通信機を手に取った。「念のため確認してみます。」と励ますように言いながら、

ユグドラシルの門番と通信を始めた。数分後、彼は通信機を戻し、やんわりと微笑んだ。「特に異常はないそうです。」


それでもモモンは「本当なんだって!」と食い下がるが、青年は穏やかに彼をあしらった。「この研究所は森からも離れてますし、仮に魔物が現れたとしてもすぐに討伐隊が動いてくれますよ。」


「そっかあ、それもそうだな…」とモモンは呟く、少し安心したようでもあり、少し残念そうにその場に戻った。


パセラはくすくす笑い、「モモン、実は注射が怖いんじゃないの?」と茶化すように言った。


青年は注射器をしっかり持ち、「僕は慣れているので、痛くないと思いますよ」と優しく声をかけた。

彼の穏やかな声色にモモンの顔も少し和らぐ。


「俺様は、痛くされたって平気だけどな」と強がるように言うモモンを見て、青年はにやりといたずらっぽく一瞬微笑むと真顔になり。

「じゃあ、痛くしますね」


「ま、待て待て!待ってくれよ!」モモンは慌てて手を振った。

そのやり取りにパセラも目を細めていた。




注射が終わり、青年はパセラに「何かあったら、すぐに連絡してください。」と真剣に話した。

半泣きのモモンが静かに椅子から降りると、彼をそっと励ますようにパセラが手を優しく背に当て、部屋を後にした。


彼らの背中を見送ると、席に戻り、文字がびっしりと書いている分厚い本を難しい顔をしながらぺらぺらとめくる。

『魔物の知能と危険度ランクの関係性について』


「うーん、大丈夫だと思うんだけど、ちゃんと説明できないとおじいさん達納得しないよなぁ。」


若き天才は頭を掻きながら目の前の大量の書類や、端末にあるデータとにらめっこする。

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