第27話 集中
「ちび助は何か能力があるんじゃないか?」
アーサーはアレクに急に問いかけられ、戸惑った。
「火を出したり、空を飛んだりなんて、できないよ?」と疑問を投げかけた。
しかし、アレクはすぐに続けた。
「ちび助が街に一人で出てるって話をしておったよな。それはどうやっているんじゃ?ここの王国はもちろんオークウッドにもそういう気配に敏感なものもおる。しかも、住民の食料も取っておったんじゃろう?そのままで行動してバレないとは考えにくいが。」
アーサーはその言葉に思い当たることがあった。
「あ、これのことかな!」と即座に反応し、彼はカエデとアレクにそこで見ててといった。
アーサーはその場で微かに集中し、ゆっくりとその形を変化させ始めた。オレンジ色の毛が揺れ、徐々にその姿が変わっていく。彼の体は丸くなり、アーサーほどの大きさの石になったかと思えば、その後は成人男性ほどの大きさの木材の柱に化けた。
「僕はね、何かに化けることができるんだ。」とまた石のような見た目に変わりながらで声を出した。
「でも大きさには限界があるんだ。大きいのはこれぐらいまでで」と彼は成人男性のになって示す。
「――で小さいのはこれぐらい」とアーサーが丸まった時ほどの大きさの石になった。
さらにアーサーは自らを分身させ、一人のアーサーが二人に増えた。
「分身もできるんだ。そして、何かに化けながらでも分身を作ることができるよ。」といって、再び形を変える。
「とはいっても、自分と同じ姿にしかなれないから、自分はこのままで分身は別のものに変化させるとかはできないんだ」
「あとはこういう風に動かせるよ!」
分身たちはアーサー自身の意思で動き出したが、彼らは物に触れることはできないかのように、何事もないようにすり抜けた。
カエデはその光景に目を丸くし、息を呑んだ。「すごい、アーサー!」目の前で次々と起こる変化に、視線を追いかけながら驚嘆した。その能力を見て、喜びと同時に、ふと自分の持たざる悩みが心をよぎる。
「アーサーも能力があったんだね。すごいじゃない。」カエデの声には喜びが含まれているが、その裏にはわずかな悲しさが感じられた。
アレクは、カエデの表情とアーサーの能力に興味深げに首を傾げた。
「ふーむ、なるほど、これなら目立たずに色々と動けるわけだ。」
「――よし、では戦闘の練習は各々でやってもらうとして、」
「じゃあお待ちかねの『気』の訓練をしようか。」
アレクは淡い緑色のローブを揺らしながら、何やら懐から白く輝く石を取り出した。
それはアレクが『気』を込めたもので、不思議な力を帯びていた。
「この石を一日中手に持ち続けること。それが最初の課題だ。」
「えっそんなことでいいの?」
カエデが先に石を両手で持ち上げようとすると、石が反発するようにその手から弾かれた。
「いたっ」驚きとともに手に軽い痛みが走る。
アーサーもその石に挑むが、彼もまた同様に、石が手から逃げてしまう。
「わぁ、難しいね、カエデ。」彼の声には一抹の悔しさと、少しの楽しさが混じっていた。
「まずは『気』に慣れることだな。」アレクは言った。
カエデは額に薄い汗がにじむのを感じながら、もう一度注意深く石を掴んだ。
この小さな白く輝く石は、元々ただの石だったとは思えないほど、手に触れるたびに不思議な痺れを感じさせた。
まるで石自身が生きているかのように、彼女の手から逃れんとする力が働くのだった。
「もしかして『気』ってこんな風に感じるものなのかもしれない…」カエデは呟いた。
彼女の横でアーサーも苦労しながら、時折手から弾かれる石を何度も拾い上げていた。
「難しいね、でも…少し楽しいね。」
アレクは微笑しながら黙って見守っていた。
彼の白髪は柔らかな風に揺られ、その穏やかな表情は子供たちの奮闘をどこか誇らしげに見つめていた。
「やがてその石が手の延長のように馴染むことが感じられるんだ。それまで諦めずに続けなさい。」
カエデは頷き、再び集中を高めた。
彼女の中で、何かがゆっくりと変わり始めたのを感じる。
石の表面に触れる手は冷たくもあり、温かくもあり、流れがあるようで無いようで、掴みどころのない感覚だった。
カエデは息を整え、心を静かに澄ませていく。
次第に、何かが動き出した。
微細に揺れる花びらが風に乗って踊るように、不可視の流れがカエデの中を通り抜ける予感がした。
彼女は自分の呼吸に初めて合わせるように、石が落ち着く瞬間を見出した。
「これ…かな?」小さく呟いて、彼女はその感触を心に刻みつけた。
そこには『気』と呼ばれる流れの一端が、確かに存在している。
アーサーもまた、耳をピンと立てながら石に向き合っていた。
その小さな体はカエデよりもさらに軽やかで、柔らかに弾むオレンジ色の毛が風に流れるたび、彼の鋭い目はその繊細な変化を捉えようと研ぎ澄まされていた。
「ね、見て、カエデ。僕、持ててるみたい!」アーサーの小さな声は、嬉しさで震えていた。
彼の手からはもはや石が弾かれることがなく、穏やかに光を放ち続けているようだった。
カエデは彼の隣で歓びの笑みを浮かべた。「うん、見えるよ。アーサー、本当にすごい!」
時間がゆっくりと流れ、二人が石を持ちながら感じる世界が少しずつ変わっていく。
『気』の流れは、目には見えないけれど、二人の体と心にしっかりと存在を刻んだ。
アレクはそれを踏まえ、満足そうに頷いた。「よし!初めてにしては上出来だ。」
カエデは胸に小さな誇りを抱き、アーサーと視線を交わした。
彼ら二人の中に確かに育まれた、新たな感覚は、一歩ずつ形となって冒険の礎を築いていたのだった。
まるで勇者が物語の中で成長していくように、カエデは自分の未来を切り開く一歩を踏み出したことを確信した。
その夜、星々が空に輝く下、森の中で彼らはカエデとアーサーは夢見るように眠りについた。
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