第17話 決闘

人だかりの中央には、一人の青年が立っていた。彼の名前はサイ。茶色の髪をサラリと流し、精悍な顔立ちには優しさと鋭さが共存していた。穏やかな表情に浮かぶ微笑は、周囲に安心感とともに心地よい暖かさをもたらしていた。彼の細かな身のこなしと、腰に斜めに差した長剣の鞘が、彼が武道に長けた者であることを示していた。


サイはゲルト村から来たと言われ、その圧倒的な強さで知られていた。

今回の選抜戦の優勝候補として多くの人々の注目を集めていた。


しかし、彼は自身の能力を誇ることなく、常に礼儀正しく振る舞い、人々に対して飽くことのない優しさを見せていた。

それがまた、彼を一層引き立て、多くの支持を得ている理由でもあった。


大勢のファンや参加者たちが彼を取り囲み、声をあげて彼の言葉や姿を求めていた。

中には、彼の端正な顔立ちを写真に収めようとする人もいれば、ただ一言でも話をしたいと願う者も多かった。


適度に人あしらいながらも、それでもサイは困惑した様子だった。

彼は選抜戦登録会場へ向かう道中であったが一向に辿り着けない状況が続いていたからだ。


カエデはその様子をじっと見つめていた。彼の立ち振る舞いに、自分が追い求めている勇者像を見たのだ。物語の中の勇者のように、堂々としている彼の姿。彼の持つ剣の装飾の美しさ、そしてその覇気。それは彼女の夢そのものであった。


その瞬間、彼女の心に新たな決意が芽生えた。自分もこの青年のように皆から慕われる、立派な勇者になりたい。カエデは自分自身の中で熱い炎が燃え立つのを感じた。


青年のもとに辿り着いたカエデの瞳には、僅かに緊張と不安が浮かんでいたが、彼女はそれを乗り越えて決意を固めた。そして毅然とした声で、背伸びをするようにしてサイに声を投げかけた。


「サイさん、勝負してください!」


その言葉は人ごみの中に響き渡り、周囲の喧騒を一瞬静まりかえらせた。

多くの視線が彼女に注がれる中、サイはゆっくりとカエデの方に顔を向けた。


周りの人は口々に言う。お嬢ちゃんには無理――と


そんな観衆をサイは片手で制止する。サイは穏やかな笑みを浮かべ、カエデを迎えるように手を軽く挙げた。

「わかりました。受けて立ちましょう、でもここでは難しいな。」


サイが会場の方へ向かうと、観衆は道を開ける。

近場にいる会場の兵士に声をかけ、何やら話をすると戻ってきた。


「お嬢さん名前は?」


「カエデ!」


「では、カエデさんこちらに来てください。」

その温かい返答に、カエデは一瞬戸惑ったが大人しくついていった。


何が起こるのかと観衆も気になるようで、

カエデ、サイの邪魔にならないようにぞろぞろとついていった。




王国の中心に位置する広場は、観衆で賑わっていた。ここは普段、演習のための舞台として使われる場所だが、今日はカエデとサイの特別な戦いの場となった。


平面フィールドは一辺25メートルの正方形で囲まれ、細かな線がその境界を示していた。


観衆の興奮が高まる中、サイはカエデに歩み寄り、戦いのルールを静かに語った。

「武器は木製のもののみ、コアの使用は禁止だ。降参するか、このフィールドから出るか、気絶したら終わりだよ。」


「わかった!」


カエデはこのルールは思ってもみない提案だった。

ここでコアを封じている彼に簡単な勝利を収めて、本選でサイの本気に挑もうとしていた。


「さて、カエデ」とサイは先ほどとは打って変わって真剣な表情になった。

「手を抜かないよ。それが決闘を挑んだものに対する礼儀だから。」


彼の言葉にはまっすぐな誠実さが込められていて、カエデはその言葉に勇気をもらい、短剣を両手に握りしめた。サイは普段の剣を置いて、気軽な構えで木の刀を腰に携えた。


兵士が開戦の合図をすると、カエデは素早く動き出し、感情のままに攻めかかった。

彼女はおそらく空腹の獣のように必死で、サイを仕留めるために全力を尽くしていた。


しかし、サイはその場からほとんど動かずに、彼女の攻撃を涼しげにかわす。まるで風が吹き抜けるような、優雅な動きだった。


カエデはそのたびに己の力不足を痛感する。

軽く受け流すサイの圧倒的な技量に、そして自分が持っていないコアの力に。

彼女の理想像と現実のギャップが胸に重くのしかかる。


――こんなに夢が遠いはずがない。。


戦っている間に、カエデの目からは知らず涙がこぼれだした。しかし、どれほど頑張っても、その思いに押しつぶされそうになる。彼女は、そんな思いを振り払うように一層激しく攻撃を仕掛ける。それをサイは涼しい顔で短剣をふるう彼女の手を素手でいなす。彼女は決して降参しなかった。意地になって諦めない。


サイは巧みにカエデの隙を突き、一気に彼女をフィールド外へと放り投げた。観衆のざわめきの中、試合は決着がついた。




カエデは地面に四つん這いになり、悔しさで涙が止まらなかった。

幾度も立たなければと思っても、身体が言うことを聞かなかった。


サイが静かに彼女の側に近寄る。

カエデは心中には様々な感情が渦巻いていた。

涙が頬を伝うのを感じながら、「私は勇者になれるのかな」と、絞り出すように問いかけた自分の声が、遠くに感じられた。


しばしの沈黙の後、サイは彼女の気持ちを感じ取りながら、慎重に言葉を選んでいた。「勇者とは、ただ戦うだけを意味しないよ。例えば商品を売る商人みたいにどんな仕事でも、真剣に取り組んで誰かを支える人は、その人にとっての勇者だ。」


彼の言葉は、涙に曇ったカエデの心をさらに曇らせた。


彼女は、どこかで「君には戦うことが向いていない」と言われたように感じ取ってしまったのだ。


観衆の視線の中、カエデは自分の足で立ち上がり、トボトボと宿の方向へ向かって歩き出した。

涙の痕が残る頬を拭うことなく、背を向けたまま。


サイはフィールドの真ん中に立って、その後ろ姿を見送った。

その時、彼の背後から近づく気配を感じ取った。


「これでよかったんでしょうか。」彼は振り返らずに問いかけた。


そこに立っていたのは、サイの師匠であるロイだった。

ロイは40代前半の男で筋肉質な体格はサイの2回りも大きく、黒髪は短く整えられている。


ロイは静かに答えた。「どうだろうな。お前の言うように現実を教えてあげるのも大事だ。それに、カエデが今いる状況は、彼女自身で理解し、強くなっていくために必要なことだ。自分で考え、気づき、そして見つけないといけない。その方法を他人がいちいち教えてあげることじゃあない。」


サイはその言葉に静かに頷いた。


ロイは軽く微笑みを浮かべながら、サイの肩を優しく叩いた。

「彼女の中にある可能性を信じてやれ。君もそうやって成長してきたんだ。そして、おれもな、、、あの子も案外すぐに見つけるかもしれないぞ。本気で『勇者』とやらになりたいんだったらな」


彼の言葉に、サイは心の中で再び暖かいものを感じた。「そうですね。」と応え、その視線をカエデの背中に重ねた。




カエデの小さな背中は、まだどこかでくじけそうに見えたが、その心には新たな芽がこれから芽吹いてくれることを、彼らは静かに信じていた。

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