第14話 不思議な杖

朝の新鮮な空気を浴びつつ、カエデとダリルは彼らの住む街――オークウッド街――を出発する馬車に乗り込んだ。馬車は壮大な旅の幕開けを感じさせ、彼女の小さな胸には期待がいっぱいに広がっていた。馬車の中は3席が向かい合う形の6人乗りで、すでに一番奥の席には見知らぬ青年が杖を抱えて眠っていた。


カエデはアーサーをリュックに隠し、そのリュックを大事そうに抱えながら、青年の向かい側に腰を下ろし、ダリルは彼女の隣に座った。ダリルは青年を起こさないようにそうっとバックを地面に置く。馬車の揺れる音が心地よく、窓の外には木々と道が流れ始めた。




しばらくすると、地平線に異変が見えた。火柱が立ち上がり、何かが起きている。

「あれ何?」と驚くカエデに、ダリルが説明した。


「あれは未開の地を開拓して新しい領地を作ろうとしてるんだ。でその領地予定地内の魔物を殲滅しているんだ。」カエデには少し難しく感じられ、彼女は首を傾げた。


ダリルは微笑みながら続けた。「つまり、家を建てられる場所を増やすために、悪い魔物を追い出そうとしているんだ。」

「ああ、そういうことか!」とカエデは理解し、戦う冒険者たちを想像しながら目を輝かせた。




子供には長時間大人しく座っていることが耐えられなかったのか、

カエデの目は、すぐに青年が抱えている杖に移った。


古めかしい装飾が施され、どことなく魔法を感じさせるその杖に、彼女は興味を引かれずにはいられなかった。

カエデはそっと手を伸ばし、少し触れた瞬間、ダリルの声が静寂を破った。


「おい、カエデ、人のものに勝手に触っちゃだめだぞ。」

その声で目を覚ました青年は、目を開けてすぐに穏やかな微笑みを浮かべ、「ああ、触っても大丈夫ですよ」と和やかに言った。

カエデは頬を赤らめ、と謝ろうと声を発しようとしたところ、それを遮るように


「おいおまえ!何勝手に許可出してんだ!」


その声に、カエデとダリルは驚きの声を抑えることができなかった。

杖がカッと目を開き突然しゃべりだしたのだ。


カエデは目を大きく開き、思わずリュックをぎゅっと抱きしめようとしたが、アーサーの感触ではっと我に返り、

リュックを抱きしめようとした力を弱める。


「まあまあ、ブレイク。子供のやることなんだから」と青年は落ち着いた声で言い、

杖の口に手をかけるようにして軽く閉じた。


しかし、ブレイクと呼ばれたその杖は、一向に黙る気はなさそうだった。

モガモガと口を動かし、指の隙間を見つけてしゃべりだす。

「はぁ?"子供のやることだから許せ"だって?じゃあそのいつ子供はそれを学ぶんだよ。で人族は大人になったらそういう非常識なことするやつは爪はじきにするだろ?無責任にもほどがあるだろ!それだけじゃねえよ最近増えてきてる領地かく――」


青年はブレイクと呼ばれるその杖に布袋をかぶせきつく縛った。

それでもその杖は喋ることを辞めず、何を言っているかわからないがモガモガと布袋が動いているのはわかる。


ダリルは、そのやり取りを理解しようとするのに少し時間がかかった。

彼は杖を見つめたまま「ああ、これは、想像してなかったな…」と呟き、カエデを見やった。

彼女もまた、目を丸くし、開いた口を抑えようとしていた。


「すみません、驚かせてしまいましたね。」青年はマーカスと名乗った。

彼は穏やかに微笑み、杖を軽く撫でた。「これはブレイク、僕の相棒です。」


「えっと…杖がしゃべるの?」カエデはまだ半信半疑ながらも、目の前の不思議に対して興味を募らせた。

「うーんまあそうだね。僕も最初はびっくりしたけど、もう10年以上一緒だから慣れちゃったな。」とマーカスは反応する。


「その杖は何ができるの?」カエデは目をキラキラさせながら言う。


「そうですねー例えば――」

と言いながら杖にかぶせられた布袋をとると。

「おいコラ勝手に――」杖の声も無視してマーカスは杖をふるうと、

カエデが優しい光に包まれる。

その瞬間、カエデが全身に感じていた昨日のけがのヒリヒリする感覚がなくなったことに気付いた。


驚いて袖をまくり包帯をとると、怪我なんてもともとなかったかのように綺麗になっていた。

ダリルはそれを見て目を丸くした。

カエデのけがを治してもらったことをダリルは感謝を口にしつつ、


「ありがとうございます。でもおどろいた。治癒の能力なんて見たことも聞いたこともない」


「まあ、大きな怪我には全く使い物になりませんがね。」マーカスは謙遜した。


二人の会話に割って入るように

「こんな見ず知らずのやつにここまでする必要はねーだろ」


「いいじゃんか減るもんじゃないんだし」


「減ってるんだよ」


「まあまあ時間がたつと回復するんだし。それにね――」

マーカスはブレイクに何やら小声で何かを喋った。

それを聞いたブレイクはその見開いた眼でカエデを見定めるように見る。


「ふん、どうだかねぇ」


その言葉を最後にブレイクは目を閉じ、ぱっと見普通の杖に戻った。


ダリルとカエデは黙ったままその存在を噛みしめた。




ダリルはマーカスに目的を尋ねた。「今日はどちらに?」

「依頼の帰り道なんです。王国に報告に行かなければならなくて」とマーカスは答える。

「そういえば、今日はお二人での旅ですか?」

ダリルはカエデを見て説明した。「ええ、今回は彼女と二人きりです。この子の選抜戦の登録に行くんですよ。」


「へぇーこんなにお若いのに」


そういうと、マーカスは一瞬カエデのリュックに視線を移し、その瞬間、彼の目の奥に何か見透かされたような気がして、カエデは少し動揺した。しかし、マーカスは何も言わず、微笑を浮かべたまま雑談を続けた。


マーカスに下手なことを言ってしまうと、いろいろバレてしまうような気がしてカエデは黙ってしまう。

そんなことはお構いなしにダリルとマーカスは話を続ける。

今回のように怪我をしてくるカエデがお転婆で困っているという話。

ブレイクが勝手にいろいろ喋ってもめ事を起こしてしまった話――




しばらくすると、馬車は港町――シルバーレイク街――に到着した。街の喧騒が遠くに聞こえ、活気ある市場の香りが漂ってくる。


カエデは見慣れない街に興味津々でしたが、今日は目的が違うためぐっと我慢しました。

馬車の次の目的地が、彼らの目的地である王国――アルカディア――です。

カエデは馬車が出発するのを今か今かと待っていました。




すると客室の扉が開き、一人の若い女性が入ってきました。

馬車は走り出し彼らを乗せて、次の目的地の王国へと歩を進めました。

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