第3話 友達

カエデは徐々に意識を取り戻し、ぼんやりと目を開けた。周囲には木漏れ日が差し込み、森全体が静かに見えた。体の痛みを感じつつ、自分に大きな怪我がないことを確認し、安堵の息をついた。


しかし、その安堵も束の間、腕に抱えていたはずの本がないことに気づいた彼女の心は、再び不安に襲われた。慌ててあたりを見回すと、すぐ近くにあのオレンジ色の魔物が座っているのが目に入った。驚いたことに、魔物は本を小さなてでつかんでいたのだ。


「本、食べちゃダメ!」カエデは叫ぶと同時に、魔物に駆け寄り、本を取り上げようと手を伸ばした。だが、そのとき彼女は気づいた。魔物は本を食べる意図などまったくなく、むしろページをじっと見つめていた。


その奇妙な光景に、カエデは手を止めた。目を凝らして見ると、魔物がまるで本を読んでいるように見えたのだ。


「本、読めるの?」カエデは驚きとともに問いかけると、魔物は本の挿絵を示しながら「かっこいい」と言った。


その言葉に、カエデの警戒心は解け、彼女の隣に座り、続きのページを開くことにした。「それなら、読んであげるね。」カエデはそう言って、声に出して物語を読み始めた。


魔物はページの挿絵を指でなぞりながら、興味深げに物語に耳を傾ける。「おー」とか「あー」といった声を漏らしながら、本の世界に夢中になっている様子だった。


カエデは魔物の素直な反応に微笑み、物語を読む楽しさを共有できることに幸せを感じた。


物語の読み聞かせが終わると、カエデは魔物に親しげに微笑んで自分の名前を伝えた。「私の名前はカエデ。あなたの名前は何?」


すると、魔物はまるで彼女に応えるかのように、「名前はカエデ!」と元気よく声を発した。


「ちがうちがう、カエデは私だよ」と笑いながらもう一度尋ねたが、どうやら魔物には名前がないようだった。


「名前がないの?」と不思議そうにカエデが問いかけると、魔物は少し困ったような表情を見せた。


「それじゃあ、名前を考えようか。」名前はすぐに思いついた。彼女は勇者の物語に登場する忠実な相棒である「アーサー」という名前を提案した。「どうかな? アーサーっていう名前、いいでしょ?」


魔物はその提案に目を輝かせ、小さく頷いた。新しい名前を得た魔物を見て、カエデは心の中で新しい友情の絆が結ばれたことを感じた。


カエデとアーサーは、ここから始まる新たな冒険に向け、穏やかな森の中でお互いの存在を温かく感じ取っていた。それは、彼女が夢見ていた勇者の冒険とは違った、けれども特別な冒険の始まりだったのかもしれない。

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