第4話 理奈の友達あんなの想定外の強烈人生

 あんなは、一瞬悲しそうな表情をしたが、すぐに平静に戻った。

「いじめられたこと、そりゃあありましたよ。

 でも、いじめってどこにでもあるし、悪党がいじめられ、いい人が好かれるなんて保証はどこにもないですよね。

 まあ、今の世の中、OA化の影響で集団活動は減った分だけ仲間外れは減ったけど、SNSによるいじめとか、いじめの種類とレベルが変わってきてますね」

 あんなの冷静な分析に、私は舌を巻いたわ。

 あんなは答えた。

「私の場合は、父が有名反社組長 岡木一樹でしょう。

 背中に刺青が入ってるとか、岡木としゃべった奴は、村八分にするとかはありましたよ」

 私はハアーッと絶句したわ。

 あんなは淡々とした表情で、話を続けた。

「でも、小学校のときの女教師が、私を庇ってくれたんです。

 岡木って珍しい名前でしょう。

 だから、私がワル目立ちしないように、クラス全員を苗字ではなく、名前で呼ぶようにしてくれたんですね」

 また、園芸やウサギの飼育を、私に任せてくれたのですね」

 いい教師だなあ。まあ、子供は大人の指導次第で変わるという。

「あんなが毎日水やりしたおかげで、ひまわりが見事に満開に咲いたよ。

 また、あんなが餌をやったウサギがこんなに大きくなったよと褒められ、私は自分に自信がついたわ。

 自分に自信がつくということは、自分のこれからの生き方をまっとうにしていくという意味でもあるわ。

 反対に、どうせ私なんてとネガティブ嗜好に陥ると、詐欺師みたいなのにひっかかった挙句の果て、犯罪に走ることもあるわ。

 私は今でも、その女教師には感謝しています」

 私は目を丸くして、ただただ絶句するしかなかった。

 あんなは、まるでジョークを語るように笑いながら言った。

「まあ、今から思えば楽しかった思い出ですね。

 だって、なんにも考えずにノホホンと過ごすよりも、いろんなことを考えて過ごした方が有意義だったでしょうね。

 だから私は、フツーの人よりもちょっぴり頭がいいんじゃないかななんて、思ってるんですよ。あっ、これってナルシストの典型かな?」

 私は、いまだかつて見たことのない世界に、呆れた表情をしてポカンと口を開けたわ。

 最大の悲劇は喜劇であるというが、あんなのとぼけた表情に思わず吹き出した。

 

 あんなは、平静な表情で話を続けた。

「つい一週間前も、一人旅をしているとき、ホテルのカウンターに腰掛けているとき、後ろから妙な会話が聞こえてきたの。

 岡木一樹の娘は、一人歩きをしたことがない。

 近所のコンビニに行くのにも、五、六人の子分をのっしのっしと連れて歩いてるんだってー私は今、近所のコンビニどころか、こんな遠くまで一人旅をしているのよ。

 その話が終わらないうちに、今度はまた、事実無根のヘエ―ッと茫然級の、話が聞こえてきたの。

 岡木の娘に手を出した男は、片っ端から港湾に放り込まれ、昆布みたいにクニャクニャになっているって。

 さすがの私も昆布という話をきいたときは、悲しくなってしまったわ」

 あんなは急に、まぶたに涙をためていた。

 泣くのを我慢しているようだった。

 私は思わず、あんなにティッシュペーパーを差し出した。

 あんなは黙って受け取りながら、話を続けた。

「でも私には岡木一樹という父の愛がありましたからね。

 母にも、よく言われていました。

「私達、反社は世間に対する復讐として見られている。

 実際、犯罪者に幸せな家庭の人は誰一人いないという。

 だから、世間への復讐の連鎖を断ち切らねばならない。

 復讐はしてはならないよ」

 まあ、その通りである。

 そういえば、ビッグスターきよこの母親も、私が意地悪をされたという話を聞くと、相手を責めるでもなく

「それじゃあ、あなたがそんなことをしなければいいでしょう」

 この言葉の裏には、娘きよこはそんな意地悪で傷ついて復讐するような弱い人間ではないということを表しているに違いない。

 もし復讐を考えた時点から、きよこはアイドルとして堕落するだろうという算段があったのかもしれないが。


 私が、暴漢に襲われ頭に軽傷を負わされたときも、母の意見は同じだった。

「でも、その子の親も辛かろうに」

 自分の娘が傷を負わされているのに、相手を一言も攻めようとはしない。

 私はそこに、母の本当の強さをみた思いだった。


 あんなにこの話をすると、

「立派なお母様ですね。この頃はモンスターペアレントが増えてきていますが、それだけでは解決の道は難しいですね」

 意外な答えが返ってきたのには驚いたわ。

 しかし、もしあんなの母親が抗ったところで、所詮反社のあがきととられるかもしれない。

 それよりは、自分を変えるしかないのかもしれない。

 そういえば、100%変えられないものは過去、100%変えられるものは未来。

 80%変えられないものは自分以外の他人、80%変えられるものは未来の自分自身であるという話を聞いたことがある。


 あんなが復讐心を持たないのは、母の教えであると同時に、未来を良きものにしていくためだろう。

 私は、思わず言った。

「私達アイドルは、夢を与える仕事。だから、復讐なんて暗いことを考えてはならないんですね。

 私は、昔キリスト教の高校に通っていましたが、聖書の話では

「復讐はあなたのすることではなく、私のすることである」(へブル11:30)

という話をシスターから聞いたことがあるわ。

 あっ、この場合のあなたというのは人間、私というのは神のことですよ」

 あんなは納得したように頷いた。

「赦した方がラクですよ。

 といっても、人にとって最も難しいのが赦すことですがね」


 あんなは急に、表情がパッと明るくなり、誇らしげな表情で言った。

「私の父は、二十年前からキリスト教の牧師なんですよ。

 当時は、反社出身きわもの牧師ということで、マスメディアが取材にやってきました。でも、マスメディアってこちらが絶対記事に書かないで下さいねといくら約束しても、ダメなんですね。翌日には、ちゃんと記事になっている。

 まあ、マスメディアはそうしなきゃ、売れませんからね」

 私は、まさに共感したわ。

「ほんとにその通り。

 私を取材した記者は、そのときははい、絶対書きませんなんてあれだけ約束しておいて、次週の週刊誌を見たらびっくり。

 でも後からすみませんと謝るんですよ。

 まあ、記事は記者が書いたのではないから、仕方がないことかもしれませんがね」

 今度は、あんなが目を丸くし、私きよこの苦労話を感心して聞いていた。

「芸能人は商品といって書かれるうちが華だというが、有名税にも限度がありますね」

 今度は、私が頷いた。


 あんなは一冊のライトブルーのノートを差し出した。

「このノートは私の宝物。だって私のたった一人の親友だった理奈ちゃん、あっ、失礼しました。きよこさんの娘さんの詩が書いてあるんだもの」

 ライトブルーは、理奈のもっとも好きだったカラーである。


   「私が生かされている意味」

 グレーの空から急に降り出した雨に 私は涙を洗い流そうとした


 偉大な両親のもとに生まれ

 両親の顔に泥を塗らないことが 生れながらの私の使命

 捻挫しても 痛さをこらえながら ダンスを頑張り

 ミュージカル女優を目指すわ

 

 ママの歌手としてのプライドは 同時に私のプライドでもあるの

 私のプライドが守れなくなったとき 私の命は空へと消えていく


 雨がやんだ空をふと見上げれば ライトブルーに輝いていた

 雲のすき間からは 太陽の輝きが見える

 この空へと向かう日がいつか訪れるまで 

 私は この世で生かされている

 ママと共に そしてママのためにも


 娘理奈の文章を読んだとき、私ははっとした。

 私は無条件の愛で理奈を愛し、理奈が危険にさらされる前に、理奈を守ってやる、いや理奈を守ることが私の使命だと思っていたわ。

 しかし、理奈は私が想像する以上に、私に気を使い、丸井きよこの娘としての大きな責任を背負わされ、そのことを自覚した上で生きていたのだったのね。

 

 

 

 

 

 

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