妖精郷
前略、
登頂まではサクッと、降りるときは厄介。端的に言うとひどい目に遭った。なにもかも怪鳥の性格の悪さが要因だ。記憶をたどるだけで怒りが込み上げてくるので、思い出したくもない。
気持ちを切り替えて、旅を進める。
次の巡礼地は妖精の潜む領域ティル・シーだった。色とりどりの花が咲く楽園のような風景。心地よい夢遊感に浸っていると黄緑の衣をまとった影が、ふよふよと飛んでくる。
「あらあら、お客様なんて珍しい」
「どうぞお入り。蔓草の門をくぐって」
「甘~い紅茶を出しましょう。ふんわりとケーキもお一ついかが?」
「ティル・シーは素敵なところ。たっぷり楽しんだら、来世でもまた会いましょう」
妖精たちは聖女を取り囲み、総出でもてなす。歌うように語りかける様は、入り口に吊るした藤のようだった。
妖精とはこの世の裏側に潜む生物。本来なら人と交わらない彼女たちが積極的になるのは、巫女が例外だからだ。
魔の類であるアイビーも受け入れられているのはどうしてだろう?
首をひねりながらもあまり気にせず、案内されるがままに進む。
その晩、オレンジ色の夕暮れが景色を暖かく染めるころ。
約束通り、妖精郷では祭りが開かれる。本日の主役はカリンだ。シンプルなワンピース姿となった彼女は、ステージの真ん中に立つ。
劇を模したイベントの始まり。妖精が杖を振るうと、キラキラが砂糖のように振りまかれる。まばゆい光が少女を包み、風のドレスをまとわせた。
ステージの袖では黄金のアームレットをつけた精霊がフルートを吹き、その一段下では白い影がハープを奏でる。
観客席では喪服姿の女性が無表情ながら見守っていた。
肝心の歌劇はなにをやらされているのか、分からない。背景が緑に塗り替わったかと思えば結婚式に出席させられ、惚れ薬の騒動に巻き込まれたり。
色々あった後、あっさりと幕が閉じる。
「うそうそ。妖精王なんていなかった。ほら、あなたが真の王妃様だよ!」
軽く冗談のように口走り、ふわりと頭にきらめきを載せる。輝きは少女の頭上で冠の形を作った。人呼んで妖精妃のティアラ。スフェーンの火花散るような残光をまとって、カリンは頬を赤らめる。お姫様になったようで、心まで輝き出した。
祭りは熱狂の内に終わりを迎える。カリンは主役気分で観客へ手を降り、壇下へ降りていった。
一応、目的を忘れたわけではない。
日が落ちきりあたりが暗くなったころに、奥にある神殿へ赴き祈りを捧げた。
次の日、こっそりと妖精の巣を抜け出し、朝霧の中を歩く。森を抜けると精霊郷へ通じる道は閉ざされていた。
旅は順当に進む。
一方で、因縁の地が迫りつつあることに少女は気付いていた。
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