常若の宮


 古代の神殿に向かって祈りを捧げる度に、眠っていた力が目覚める。目的地の“エルピスの果て”にたどり着くころには、聖女として完成を迎えるはずだ。輝かしい未来を想像すると、モチベーションが高まる。


 そうした中、遺跡を巡る過程で、山を越える必要が出た。怪鳥が棲まうらんよくみね。挑むのなら相応の準備を整える必要がある。


 もっとも、魔物退治が本題ではない。重要なのはむしろその先にあるので、サクッと突破しに行くつもりだ。



 麓の街ビジュー、常若の宮。

 本来なら黄金色の町並みが広がるはずだが、現在は建物がところどころ砕け、剥げていた。


 帝国軍のせいだと包帯まみれの腕を吊った男性は語る。豊穣のエネルギーを精製する秘宝――エルゴンクリスタルを狙って、攻めてきたらしい。


 時は経ったとはいえ、住民たちの心には傷が残っていた。彼らの気持ちを少しでも癒すために、聖女は光のパワーを振りまいた。

 彼女が練り歩くと心安らぐ香りが広がり、たちどころにひび割れが直る。すれ違い様に包帯を外し、目を丸くする住民の姿。


「ありがとうよ。あんた、まるで二人目の救世主だ」


 土産物店の前で浅黒い肌の男性が輝く歯を見せた。

 二人目……?

 首をかしげると、ベール越しにアイビーが視線を送ってきた。


「おや、主はあの人を追っているんじゃないのかね?」


 どっしりとした声に振り向いて、視線を落とした。足元にあごひげをたくわえた老人。いかにも炭鉱夫という外見で、ドワーフを連想する。


「あの人って誰よ」

「一人目の救世主がいたのです」


 話を呑み込めずにいるカリンを見かねて、アイビーが解説を挟んだ。


「侵攻を受けてなお独立を保った。街だけの力で可能だと思いますか?」


 ハッキリと言い切る。


「帝国軍が本気になればこのような街、あっさりと落とせましょう」

「そうだ! 帝国軍を追い返せたのは、一重にあの方のおかげ!」


 下に見た物言いだったが小柄な老人は気にせず、喜々として語りだす。


「チャリオッツの軍勢を前にして、終わったと思ったよ。孤立した土地ゆえ救援は見込めぬ。かろうじて戦える者を集め、ツルハシ片手に応戦してな。勝てるわけがないだろ、バカ者が。案の定、あっけなく叩き伏せられての」


 おもちゃのような袖で覆った腕を組み、うんうんと頷く。


「槍兵に包囲され、逃げ込んだ建物も今にも崩れそうだというときだった。黒いマントを着たあの方が現れたのだよ! 薄闇が降りたかと思えば、赤い稲妻がひらめいてな。いやぁ、神様の光かと思ったね」


 一般人の感性だと、凶事の前触れにしか聞こえないが……。


「奴らめ、ゴミのように散っていったよ。ざまぁ見ろ。我々は後ろから『おりゃああ!』と眺め、歓声を上げていたなぁ。あの熱気、主らにも見てほしかったぞ」


 観劇を独占したかのようなドヤ顔だった。


「あなたたちは彼をどのようにもてなしたのですか?」


 情報を引き出すように意識して、アイビーが問いを投げる。老人はスンとした顔で首を横に振った。


「『この都が滅びずに済んでよかった』とだけ言って、去って行かれた。守られた黄金街が褒美だとな」


 カリンは少し気が緩み、眉尻を下げた。

 シャドウは昔とちっとも変わっていないらしい。


「わしらも歓迎したかったよ。あの方が身を引かれたのだ。まるで、おのれがいると災厄を招くと思っているようでな。よほど嫌な思い出があるのかね」


 鼻息荒く語り切る。老人は遠い目をして言葉を切った。


 嫌な思い出……。


 カリンは口元を引き結び、表情を曇らせる。

 シャドウの抱えている事情は分からないし、知る機会も訪れない。

 それでも彼の心に少しでも触れたいと願った。


 青年の気配を追うために視線を彷徨さまよわせて、目を留める。


 広場の目立つ位置には魔王を象った像が、堂々と立っていた。

 黒いマントをたなびかせ、威厳いげんを放っている。


「あの方に会ったら伝えておくれ。ビジューが常若とこわかの宮という称号を守り抜けたのは、主のおかげだとね」


 老人の言葉を胸に刻む。彼らとの約束を守り、必ず連れ戻すのだ。

 彼女が聖女であることを示すと、住民たちは快く贈り物を届ける。

 防具や武器があっという間に新調された。


 神獣の鱗を貼り付け薄く広げた生地。さらっと上からかぶると、太陽の光を反射し、雪のように輝いた。右手には金剛石こんごうせきを埋め込んだ杖。高級感にあふれる装備で全身を覆うと、高名な魔道士になった気分になる。

 そうでなくても伝説級の品ばかり。

 カリンは背筋が伸びる気分でビジューを後にした。

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