彼女の力


 廃墟はいきょへと向かい、腰を下ろす。右手で湿った地面に触れながら、少女は膝に顔を埋めた。

 アイビーの予言の通りシャドウと接触を果たせたが、結果はこの通り。ただ会うだけでは無理だと、もっと早くに気付けばよかった。


「今が駄目なら、彼に意識を向けさせるほど、強くなればよいだけのこと」


 落ち込んだ意識に涼やかな声が入り込む。ベールをまとった女性が手を差し伸べていた。


「あなたの力が及ばないのは精神が追いついていないためです」


 アイビーは淡々と語った。


「知っているはずです。おのれの正体を鑑みればこの程度で済むはずがないと」


 脳裏をかすめたのは、街の広場に設置されているような、宗教的な像。陽光を浴びて神々しく輝くそれと、会った記憶がある。夢の中で、あるいは精神の世界で。意識すると魂がそちら側へ引き寄せられる。まるで呼ばれているようだと感じた。


「それこそが帝国側があなたを狙う理由です」


 風が強く吹き付け、二人の髪が生き物のようになびいた。


 知らず、体の表面が光を帯びる。まるで夜の世界に散らばった蛍石のようだった。はっと気を引き締めると、いったん輝きは収まる。あたりはぼんやりとした薄暗さを取り戻した。


「もったいない。あと少しでコツをつかめるところだったでしょうに」


 アイビーが薄く笑みを作る。


「ですが、時間の問題でしょう」


 相手は少女の小さな手を掴んで、立たせた。


 しなやかな指が北をさす。視界に映ったのは神秘の森だ。樹木がクリスタルの群晶のようにキラキラと輝いている。木立の門をくぐり、清浄な空気の中を突き進めば、数分も絶たずに遺跡にたどり着いた。夜なのに全体がほのかに明るい。まるで木漏れ日が差し込むようだった。


 カリンは一度目を閉じ、深呼吸をする。胸の前で手を重ねると光があふれ、新しい感情が炎の宝石のように輝いた。


「やはり、あなたは神の化身ですね」


 隣でしみじみとした声を聞いた。


 ***


 旅を進める。陽光の下で多種多様な人間とすれ違い、手を振り合った。


 近頃、帝国の動きが活発だ。雑に因縁や理由をつけては、他国の領土に攻め込み、資源を奪っては退いていく。


 宿を求めて立ち寄った村も、被害を受けた土地だった。幸い陥落かんらくせずに済み、独立を許されたらしい。代わりに治安は悪化し、きな臭い空気がただよう。


 路地の奥に怪しい影があり、怪我人が地べたにうずくまっていた。カリンは彼ら一人一人に声を掛け、癒しの力を分けて回る。


 皆、無言。誰もが自分のことで精一杯でいる中、一人だけ聖女に感謝し、頭を下げた娘がいた。


 ぱっと見はこぎれいな印象を受ける。ほっそりとした体格に色白の肌。ベースはつるりとしているだけに、残った傷が目立つ。彼女はおずおずと野花を差し出した後、ゆっくりと面を上げた。


「あなたのことは知っています。シャドウがよく話していましたから」


 分厚い前髪の下に、つぶらな瞳が覗く。控えめな態度ながら相手は目をそらさなかった。


 動揺したのはカリンのほう。シャドウの名前を聞くとは思わず、どぎまぎした。


「彼は奴隷だった私を救ってくれたの。あの人のやることなら、理由があるはず。どうか、放って置いてあげて」


 切実な思いがこもった頼み。

 無音の風が吹く中、喪服の女性はじっと二人を見守る。


「安心して。私は彼のことを第一に考えて動くから」


 晴れやかな顔で伝える。たちまち娘の顔色が明るくなった。


「本当? よかった。じゃあ聖女様のことも、陰ながら応援しているね」


 嘘は言っていない。カリンもシャドウの幸せをあきらめる気がないからだ。


 いつの間にか太陽が陰り、町全体が薄っすらと影に染まる。

 彼は放って置けない。

 目の前の相手を裏切ることを心苦しく思いながら、カリンは宿場町に背を向けた。

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