最初の邂逅

 王国は帝国との戦争に一瞬で敗れ、支配を許した。


 狭間の中立地帯には、冒険者ギルドの本部がある。カリンはそちらに所属、マスターの後ろ盾を得て活動を続けていた。


 帝国側は彼女を狙いたいようだが、簡単には手を出せない。積極的に戦い修練を積んでいる内に、あっという間に二年が経った。立派な冒険者となった少女は自由にダンジョンを攻略しに行き、戦利品を手に帰って来る。


 宝箱を両手に抱えてなお、カリンは浮かない顔をしていた。


「あの人の居場所、知っていますよ」


 古代の墓場を影を背負いながら歩く少女に、控えめな声が迫る。振り向くと薄黒いベールで顔を覆った、女性が立っていた。喪服姿。どことなくアンデッドの臭いがする。


「私の正体はいつか明かします。今はアイビーとだけお呼びください」


 相手の思惑は読めない。ただ、彼を追いかける上では、協力し合うのがよいと考えた。二人は共に動き出す。


 戦争が終結して二年、人々の暮らしは落ち着きを取り戻した。一方で戦い足りぬとばかりに戦を求め、暴動を仕掛ける者がいる。帝国の支配に抗い剣を掲げた戦士も現れた。


 両者の狭間でいさかいに巻き込まれながらも、カリンは問題と向き合い、対処をする。各地で慈善活動を行う中で彼女は聖女と呼ばれるようになった。


 昼間から暴れる荒くれ者を抑え込み、退けさせながら、歩き続ける。


「彼らはおのれが強いと勘違いしているようですね」


 退廃的な戦場跡地ををさまよう中、ベールの女性は口に出す。


「あなた、本当の強さとはなんだと思います?」


 真っ先に脳裏をよぎったのは冷え冷えとした少年の影だった。劇的なまでの魔剣のひらめき。鮮やかな赤い色を思い返すだけで身震いする。


「シャドウは、違うと思います」


 首を横に振って、きっぱりと否定した。薄暗いベールの内側で口の形が曲がる。


「私は彼と何度も顔を合わせました。復讐をやめ元の場所へ戻るよう促しました。彼女が悲しむからと」


 なぜアイビーがシャドウに構いに行ったのか。気にはなったがツッコミは入れず、話に耳を傾ける。


「彼の目は憎しみに支配されていました。負の感情に偏った者が強いだなんて、思えないのです」


 魔剣を振るい帝国兵を圧倒した場面が頭をよぎる。彼は躊躇ちゅうちょなく殺しをなし、一線を越えた。止めなければならない。分かっている。だからといって彼を否定されると胸が痛み、息が詰まった。


「真なる強さとは精神に由来するものだと考えます」

「精神……」


 ぼんやりと復唱する。アイビーはうなずいた。ベールがかすかに動いた。


「あなたは彼のようにはなってはなりません。よいですか?」


 固く否定する物言い。カリンはうなずく振りをして、視線を下げた。


「彼はヒーローだったの。帝国に殴り込みを仕掛けるのだって、正当な理由があるに決まってるわ」


 気持ちが波立つ。瞳が震える。荒涼とした大地を激しい風が撫で、砂塵さじんが舞った。

 女性は顔を下げ、ベールの奥に表情を隠す。相手は口を開かなかった。


 ***


 話せば分かる。自分なら彼に気持ちが届くと信じていた。

 考えが甘かったと悟ったのは、一度目の邂逅かいこう

 魔を討伐とうばつするために帝国が仕掛けた戦い、その戦場。

 灼熱しゃくねつの太陽が照りつける夏、奇しくも村が滅んだ蒸し暑い夜に似ていた。


 紫色の髪や暗い色の瞳は変わらない。引き締まった顔立ちに少年時代の面影を残している。雰囲気だけが身にしみるほどに冷たかった。


「俺は帝国へ復讐を為す。お前はもう自由だ」

「そんなの納得できない! じゃあ、どうしてあのときなにも言わずに行っちゃったの? どうして私を連れていってくれなかったの!?」


 体をぐっと前に出し、唇を激しく動かすと、高く大きな声が虚空こくうに響く。シャドウは無表情のまま、静かな空気をまとっていた。


「俺の手は血でけがれている。お前なんかが関わっていい相手じゃねぇんだよ」


 カリンは凍りついた。


「憎しみを捨てるだと? お前なら分かるはずだ。俺の中には帝国への憎悪ぞうおが渦巻いてる。遠い過去に帝国に故郷を滅ぼされた、俺としてはな」


 やはり、そうなのかと腑に落ちる。彼も自分と同じく境遇だった。だからこそ彼と心を通わせ、救いたいと願ったのに。


「言ったはずだ。もう二度と俺の前に現れるなと」


 何度も言わせるなと彼は告げる。


「待って! 私はカリン。カリンよ! お願い、まだなにも言ってないのに!」


 追いすがろうとして、身を乗り出す。

 伸ばした手は届かない。青年が背を向けるとシルエットが薄闇に覆われ、姿を消した。

 怪我人が退き空っぽになった戦場で、少女は膝をつき、背を丸めた。

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