金魚と習字 2

翠蓮たちから字を習うようになってから、色々なものを見るのが楽しくなった。まだ読めない字の方が多いけれど、簡単なものなら分かる。


旦那さまにはあれからお会いしてない。任務で屋敷を空けられてるみたい。



月蘭ゆえらん様はとても聡明でいらっしゃいます。もうここまで読めるなんて。」


「それは、菖芽たちがとても丁寧に教えてくれるから。」



言葉は分かるから、読み方さえ分かれば本は少しずつ読み進められる。書くのはまだ難しい。



「おはようございます月蘭ゆえらん様。朝餉をお持ちいたしました。」



昨日覚えた字の復習をしていると、翠蓮と桔杏が朝餉を持って入ってきた。



「翠蓮、桔杏、おはよう。今日もありがとう。」


「今日の献立を書いてみました。月蘭ゆえらん様の習字に役立つかと思いまして。」


「ほんとに? 読んでみるね。」



今までは模様か何かにしか見えなかったけれど、ちゃんと意味のあるものに見えるようになってきた。



「これは“おひたし”ね。合ってる?」


「はい! 合っております。」



成長できるのは、楽しい。もっと成長したい。



「今日も新しい字をたくさん知りたいな。でも、潤清さまも旦那さまと一緒に出られてるよね?」



潤清さまが教材となる本や道具の紙を持ってきてくださるけど、今は旦那さまと任務に出られてるかもしれない。



「それが、潤清様はお屋敷に残られてるみたいなんです。」


「そうなの?」


「はい。潤清様はるい様の唯一の眷属なので、一緒に行かれるかと思ったのですが……。」


「けんぞく?」



初めて聞く言葉。



るい様は黒隠刀の加護を潤清様にのみ分け与えているんです。他の当主様も、眷属にされてるのは血縁者の方だけですが……るい様の血縁者は潤清様しかいらっしゃらないのです」


「なるほど……」



当主さまと加護の刀の関係についてはあまりよく知らなかった。けど、黒河の当主さまの嫁に来た以上ちゃんと知らなきゃ。



「翠蓮、あの、四家や黒河の家の事についても教えてもらえないかな? そういうのも勉強しないとだと思うから。」



私が言うと、翠蓮は微笑んだ。



「かしこまりました。字の読み書きを始めたばかりですので、そちらが落ち着いたらにしましょう。」


「そっか。それもそうだね。」


「焦らずとも、私達は月蘭ゆえらん様と共におりますから。できることは、少しずつ増やしてゆけばいのです。」



翠蓮たちは、とても優しいと思う。私が教えてもらったことを上手くできなくても決して責めたりしないし、笑ったりもしない。それに、お願いも聞いてくれる。


屋敷に残られてた潤清さまから新たな教材をもらえたから、今日も読める字を増やせた。


字の勉強をしたり本を読み進めてると、夕餉の前に菖芽が少し慌てた様子で駆け込んできた。


着物を畳んでた翠蓮が首を傾げる。



「そんなに慌ててどうしたの? 月蘭ゆえらん様の前だというのに。」


るい様がお戻りになられたそうです。」


「えっ」



菖芽の言葉を聞いて翠蓮も慌て始める。旦那さまが? しばらく戻られないと聞いてたのに。



「こちらには来られるの?」


「おそらく……!」


「夕餉は桔杏に任せて、私達は湯浴みと布団の準備を。」



部屋の中が急に慌ただしくなってしまった。私も何か手伝えないかな?



「あの、私も手伝えることある?」


月蘭ゆえらん様はのちほど忙しくなりますので、まだそのまま過ごされててください!」


「そ、そっか。」



それなら、もう少し本を読み進めてよう。


旦那さま……この前ここで夜を共に過ごされてから会っていなかったけれど、お変わりないかな。


少し、ドキドキする。旦那さまがこちらに来られた時が一番、夫婦だということを感じるから。


旦那さまが何を思われてるかは、まだ分からないけれど。

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