夫婦の契り 6
「──様、
翠蓮の声が聞こえて、私の意識は水面に昇るようにゆっくりと浮上した。
障子のぼんやりとした白い光。朝? 顔を動かして周りを見ると、もう旦那さまはいない。
「翠蓮……?」
「ああ、お目覚めでいらっしゃいましたね。失礼しても大丈夫でょうか?」
「うん」
身体を起こすと翠蓮が入ってきた。
「申し訳ございません。当主様が人払いの結界を解いてくださるまで入ることができず……」
「ひとばらいのけっかい?」
「はい。黒隠刀のご加護をお使いになられた結界です。当主様以外、結界の中に立ち入ることも出ることもできません。」
「そんなものが……」
いてて……。身体を動かすとずきずきというか、ひりひりする。けれどいつまでも布団にいるわけにもいかないから、起きて着替えよう。
掛け布団をまくった私は、そこにあるものを見て一度布団を戻した。すぐに、翠蓮を振り返る。
「す、すい、翠蓮、」
「ああ
白い布団をべっとりと血で汚してしまっている。私の血? もしかして昨日痛かった時に汚してしまったのかもしれない。
布団を汚してしまったことに落ち込むけれど、翠蓮は気にしなくていいと言う。それどころか私の身体の心配までしてくれた。今も、私の湯浴みを手伝ってくれている。
「本日も薬湯をご用意いたしました。私一人ですみません。初夜を終えられたばかりなので、あまり大勢で押しかけたらご負担かと……」
「大丈夫。旦那さまに粗相をしていなければ良いけれど……」
「粗相なんて。
「ちょっとひりひりする……」
足の付け根は痛くて、歩くと少し響く。今日は予定があるのに大丈夫かな。
「あの……翠蓮は旦那さまに会われた? 起きた時には既にいなくなってしまわれたから」
「こちらに伺う際に。いつもと変わられないご様子でしたよ。なので、
「それなら、良かった。」
湯浴みから戻ると、翠蓮が
「食べ終わりましたら、本邸の方へ参りましょう。彫り師の方も、その頃にはこちらに来られてるかと。」
「分かった。私はどうすればいい?」
「
痛い……昨日のやつくらい痛いのかな。でも耐えられたし、今度もきっと大丈夫。
菖芽と桔杏も来てから、お屋敷の方に移動した。潤清さまに案内されて、和室の一つに入る。
翠蓮たちに見守られる中、私は背中を出してうつ伏せに布団に寝転ぶ。
何をされているか私からは見えないけれど、墨入れは痛かった。それでも昨日の痛みに比べれば全然。
鯨、というのはあの襖や屏風に描かれている生き物のことらしい。旦那さまの背中にも描かれていて、私の背中に今刻まれているのはその
黒河の当主である証の鯨と、その伴侶を示す鯨なのだという。
どれくらい経った頃か、「こちらで終了でございます」という言葉をかけられた。彫り師の方がとても良い笑顔で額の汗を拭われている。
「これまでの中でも一番良い出来になりました。奥様のお背中には、わたくしが編み出した“染まり彫り”という彫り方で施術させていただきました。もう少し落ち着かれると分かりやすくなると思いますが、普段は薄紅、血流がよくなりますと紅へと染まります。」
「そうなんですね……? ありがとうございました。」
背中だからあまり見えないけれど、これで私も無事黒河の人になれた、ということだよね。
少し、ほっとする。
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