夫婦の契り 3

婚礼の儀自体は想像よりずっと呆気なく終わって、斎主さまもすぐに戻られてしまった。緋彩お姉さまがご結婚された時は、屋敷の中がずっと騒がしかった。私は参列を許されなかったけど、斎主さまが朱雀に来られたのではなくて照日女大社で婚礼の儀を執りおこなったはず。


儀式を終えてすぐに、黒鯨会の人たちによる宴が始まる。次々と運ばれてくる、見たこともない料理。ご飯があんなにきらきら光ってるなんて。



月蘭ゆえらん様、お身体の具合は大丈夫ですか? お酒が合わなかったりはしていませんか?」



翠蓮が傍にきて、そっと私に尋ねる。



「大丈夫。お神酒だと思ったけれど、お水だったみたい。」


「あら……? 当主さまが配慮してくださったのでしょうか。よかったです。今お食事をお持ちしますね。」


「ありがとう。」



翠蓮が立ち去ったあと、私はちらりと当主さまを伺った。もう「当主さま」ではなくて、「旦那さま」とお呼びしなければいけないよね?


旦那さま……今日からこの人が、私の旦那さま。不思議な感じ。視線の先にいる旦那さまは、何も言わず静かに座っている。何を考えてるんだろう。


じっと見つめてると、旦那さまの視線が私につっと動いた。ぱちりと目が合って、慌てて逸らす。勝手に見ていたせいで怒らせてしまったらどうしよう。


何か言われるだろうか、と少しどきどきしたけれど、旦那さまは何も仰らないまま視線を戻された。特に気にされてないみたい。



「朱雀の娘と聞いていたが、また珍しい娘を嫁に貰ったもんだ。あんな女は見たことねえ。」


「細すぎる気もしますがねえ。しかし美人ですな。これは当主様も気に入られた理由が分かる。」



たまに、そんな会話が聞こえてくる。その度に少し居づらくなって、早く終わらないかな、と考えてしまう。


だって旦那さまは、お姉さまから献上された私を捨てずに置かれてるだけ。私を気に入られたわけじゃない。


きっと、お姉さまが連れて来られた方が私じゃなくても、お姉さまじゃない方が他の方を連れて来られても、同じようにしてたはず。


黒河の当主さまになられたのだから、どんな相手であれ伴侶が必要だったのだと思う。



月蘭ゆえらん様、まだ宴の途中ではございますがそろそろ……」



宴の最中、翠蓮が私の元に来た。理由は分からないけれど、早くこの場を去りたいと思っていたから助かった。



「分かった。」



翠蓮、それから菖芽と桔杏に連れられて私は離れに戻る。もうこんなに日が暮れていたなんて……。それにすっかり寒くなってしまった。


せっかく着た綺麗な白無垢だけれど、湯浴みをするから脱いでしまう。


私が着るには勿体ない代物。こんな綺麗なものをほんのひとときでも着れただけで幸せだった。


今日の湯浴みはいつもより丁寧な気がする。張られたお湯も、いい香りがする。



「今日はどうしていつもと違うの? いい香りがする。」


「薬湯でございます。お風呂を上がりましたら、香油を使いましょう。」


「香油? どうして。」


「今晩は……初夜ですから。」



しょや……とはなんだろう?



「この後、当主様がこちらに来られます。月蘭ゆえらん様は寝所にてお待ちください。」


「分かった。」



旦那さまが来られるなら、粗相をしないようにしなければ。私は何をすればいいんだろう。しょやが何か分からないから、旦那さまを怒らせてしまったらどうしよう。



「翠蓮、私は何をすればいい?」


「すべて、当主様に委ねていただければ大丈夫です。かく言う私も詳しくはないのですが」


「そうなの? 下手をしてしまったらどうしよう」


「心配せずとも、当主様は月蘭ゆえらん様をおもんばかってくださります。ですから、不安にならずとも大丈夫ですよ。」


「す、翠蓮がそう言うならきっと大丈夫だよね」



まだ緊張するけど、旦那さまにお任せしていいってことで良いものね。



「無事に初夜を終えられましたら、明日はお背中に鯨の墨入れをいたしましょう。墨入れまで終わりましたら、月蘭ゆえらん様もれっきとした黒河のお人です。」

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