潤清曰く

「まったく……揃いも揃って黒河を舐めた奴らばっかりだ。琥珀も桜も珊瑚も、一体何の役に立つ? そんな物を持ってくるくらいなら、鉄を寄越して欲しいもんだ。なあるい。」



呆れるばかりの献上品を見ながら従弟に話しかければ、本人は気だるそうに外を眺めているだけだった。まあ、いつもの事だ。



「特に朱雀だ。あんな痩せ細った娘を嫁にだなんて……今すぐ追い返すなり処分するなりした方がいいぞ。一応お前が言った通り離れにやったが、着物もろくに脱げないような娘だ。」


「俺はあいつをめとる。」


「そうだよな。さっさと処分……待て、今なんて言った?」



自分の耳を疑って従弟を見れば、従弟はまだ窓の外を向いたままだった。



「嫁にするって言ってんだ」


「あの娘を? るいも見てただろ? あんな貧相な身体に見せかけだけの派手な着物、そのくせ簪は安っぽい硝子細工。てんでちぐはぐな女のどこがいいんだ。」


「あの簪は十二の時に俺があげたやつだ」


「あの娘に会った事があるのか? 今日の今日まで、あんな異色の娘が朱雀にいることなんて誰も知らなかったのに?」



初めてるいが俺を見る。朱雀の七番目の娘が真っ白な娘だなんて、聞いた事がない。あの娘が本当に朱雀の子ならば、娘は全部で十三人いるのか?


十二……たしか、るいはそれくらいの時よく領地の外まで出かけていた。その時の話か? だからって、色素欠乏の白化個体を嫁にするのは納得できない。いくら朱雀の娘とはいえ、虚弱体質に子供が産めるのか?


帝の命により建国以来、四方守護を担っている四家。そしてその四家では担いきれない仕事……いわば汚れ仕事を請け負うために海波から派生した血筋が涙が当代を務める黒河だった。俺の家、新海しんかいは代々黒河を補佐する立場。


国の表側を護るのが四家ならば、裏側を護るのが黒河。今や黒河は四家と同列と言えるほど無くてはならない存在になった。だから四家の血筋が途絶える事が許されないように、黒河の血筋が途絶える事も許されない。つまり、るいつがいになるなら子供が産めなくてはならないというのに。


おまけに黒河の仕事は血生臭いものばかりだ。それを理解して耐えられるような人物じゃないと無理だろう。



「俺は反対だ。あの娘に黒河の伴侶が務まると思えない。」


「……。」



るいがジッと俺を見る。何か言いたい事でもあるのか?



「なんだよ」


「あれは俺の月蘭ユエランだ」



……ああ。そういえばこいつは襖に描かれたあの白い金魚に魅入られてるんだった。かつて黒河の家で作られていた幻の金魚。真っ白な体に赤い目の希少な個体。どんなに冷たい水の中にいても、その虚弱な体は太陽の光で焼け死んでしまうため、月の光の中でしか生きられない白い蘭。


黒河の当主の部屋にある、襖に描かれた金魚に……言うなれば、るいは恋をした。何度も勝手に屋敷を出て他の家の領地に行っていたのも、夜市よるいちでその金魚を探すためだった。


つまりるいは、あの白化個体の娘を金魚に重ねて見てるってわけだ。



「探す手間が省けた。朱雀には感謝しねェとなァ。」


「……もしかして昔、朱雀の娘を貰い受けるにはどうすればいいか俺に聞いてきたのはこの事だったのか?」


「ああ、そーだよ。だから当主になったんだろォ?」



たしかに俺はるいにそう言った。当主なら、四家の娘でも望めば手に入れやすいと。でもるいが黒河の当主になるには、それこそ親兄弟を皆殺しにする以外に道は無かった。無かったから、あの頃は本気だとは思わなかったんだ。


四家、そして黒河の家には照日女てるひめ大社より賜った加護の刀がある。直系の子供達の中から刀は次の当主を選び、選ばれた者は刀の加護により妖術と呼ばれる類の力を貰い受ける。そしてその力で四方守護の役割を果たしていた。


るいは刀に選ばれたわけじゃない。刀に選ばれたのは、るいの異母兄だった。めかけから産まれたるいに黒河の家で立場なんて無いも同然で、刀からも選ばれなかったるいが当主になるなど到底叶わぬ願いだったはずなのに。


るいは実父である先代当主も、異母兄弟も全て殺して力ずくで黒河が賜った刀とその加護を手に入れた。異母妹だけは殺さずに黒河を追放するにとどめたけれど、その後どうなったかは知らない。



「黒鯨会の連中を集めろ。連中の嫁か娘か、適当な女を見繕って月蘭ユエランの世話をさせる。」


「本当に嫁にするつもりか? それなら、側室も娶るべきだ。」


「俺は月蘭ユエラン以外の女はいらねェ」


「あの娘が子供を産めなかったら? 黒河の血を絶やしちゃいけない事くらい分かるだろ。お前の血が残せなかったら、黒河の跡は誰が継ぐ? 追放した妹が子供を連れて戻って来たら? 立場が危うくなるのはるい、お前なんだぞ。」



俺の言葉を黙って聞いていたるいは、何かを考えてゆっくりと目を閉じた。そしてまた開く。



「……なら潤清。月蘭ユエランが子供を産めりゃ問題ねェってんだな?」


「……まあ、そういうことだな。」



俺には到底産めると思えないけどな。子供が作れた所で、虚弱体から健康な赤子が産まれるだろうか? 無事に産まれたとして、何事も無く育つだろうか? そもそも、あの細い身体が出産に耐えられるのか?


るいがわざわざ白化個体の娘を離れにやったのは、未だ血の痕が至る所に残る屋敷を使わせないため、か。四代目を襲名してまだ二週間弱、俺とるい以外の人間がいない黒河の屋敷は静まり返ったまま。当然、片付けに回せる手など無い。



「……とりあえず、黒鯨会の人間は招集する。お前の結婚の話は、彼らにも関係があるからな。あの娘と結婚したいなら、俺だけじゃなく彼らも納得させないといけない事は分かるよな?」


「分かってる」



るいの母親は俺の母の妹だった。るいと、るいの母親が屋敷で冷遇されていたのは単に妾とその子供だからってだけではなく、黒河を補佐する家の中で新海の序列が最下位だった事も理由だろう。現に俺も、涙が当代になるまでは良い待遇を受けていなかったくらいだ。


新海の立場を変えてくれたるいには感謝している。だからこそ、るいの足元を掬うような事は俺が排除しなければ。


まずは、あの娘の素性を詳しく知る必要があるな。

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