朱雀の忌み子 2

私の髪が白いから、お母さまは私を外には出したがらなかった。お姉さまたちや妹たちとも離されて、一人物置から出てくるなと言われた。だから屋敷の外どころか、中がどうなってるのかも分からない。


小さい時に一度だけ、屋敷の外に出た事がある。お祭りの日に妹たちに連れられて、こっそり屋敷を抜け出した。それが妹たちのいたずらだったなんて知らなくて。


私の肌はすごく弱くて、太陽の下に出ると焼けつくように身体が熱くなった。それにすごく眩しくて、目を開けて歩くこともできなかった。


最初は妹たちもびっくりしてたから、私がこうなるなんて知らなかったんだと思う。でもすぐに面白がって、私を置いてお祭りに行ってしまった。


灼けた肌が熱くて、痛くて、でも帰り道も妹たちがどこに行ったのかも分からなくて木陰こかげにうずくまって泣いてたのを覚えてる。妹たちと一緒じゃないと屋敷に帰れないから探さなきゃって思っても、身体を動かすことができなかった。



『何してんだ。具合でもわりィのか?』



それが私にかけられた言葉だと気づくのに、少し時間がかかった。声の主は私の前にしゃがむと、私の肩に触れた。涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げても、眩しくて何も見えない。



『──……月蘭ユエラン



何のことを言ったのか分からないけど、目の前の人がそう小さく呟いた。


どうして私が太陽の光に弱いのが分かったのか、その人は羽織ってた着物をかけてくれた。それだけじゃなくて、私を担いで建物の中に入れてくれて、氷水を入れた袋で身体を冷やしてくれた。


薄暗いところだと周りが見える。私を助けてくれた子は、黒い髪と黒い目の、私よりずっと背の高い子だった。



「顔も腕も赤くなっちまってんな。ちょっと待ってろ」



その子がいなくなると、急に不安になる。知らない場所で他に誰もいなくて、もし屋敷にいないことがお母さまやお姉さまに知られたらどうしようって、また泣きそうになった。



「これ、やる。自分でも塗れよ。」



戻ってきたその子が、小さな丸い入れ物の中身を指に取って私の顔に優しく塗ってくれる。



「ありがとう……」


「まだどっか痛えのか?」



きっと私の目が涙でいっぱいだったから、そんな事を聞かれた。



「えっと、私帰らなきゃ……帰らないと……」


「塗ったら俺が送ってやる。名前は?」


「しろ、だと思う……すざく、しろ」


「朱雀……あのデカい屋敷んとこか。」



腕にもお薬を塗ってくれたあと、そのお薬を私にくれた。腕の赤いのが消えるまで塗れって言いながら。



「これもやる。」


「これ、なあに?」


「金魚の簪。硝子だから、気をつけろよ。」



金魚……透き通っててとっても綺麗。


屋敷には、私に羽織を被せたままその子がおぶって送ってくれたから帰ってこれた。屋敷を出た事がお母さまに知られてものすごく怒られたけど、お薬も金魚も取られなくてよかった。


腕はもらったお薬のおかげで元に戻った。あれ以来外には出てない。痛いのはもう嫌だから。物置の中で、一日一回もらえるご飯とお姉さまたちに言いつけられる縫いものだけをして過ごして、楽しいことといえば扉の外から聞こえてくるお手伝いの人たちの話を聞くことだけ。


そんな私が、誰かのお嫁さんになるなんて。どんな人なんだろう。


お嫁さんになる前に、あの時助けてくれたあの子にちゃんとお礼を言いたかったな。名前、聞くの忘れちゃった。



「はぁ……。退屈ね。」



考え事をしてたら、お姉さまが急にため息をつかれた。



「かと言ってお前に面白い話が出来ると思えないし。」


「申し訳ございません……」


「ああそうだわ。お前の旦那様について話してあげる。お前は黒河の四代目当主の元に嫁ぐのよ。黒河くろかわるい。どうせ名前も聞いたことないでしょうけど。」



黒河……扉の向こうから聞こえてくる話で、何回か聞いたことがある。黒河の家を継ぐために、先代と異母兄弟を全て殺してしまった恐ろしい人だと。そして、黒鯨会こくげいかいという怖い人たちの集まりを取り仕切る人でもあるって。


そんな人のところに、私はお嫁に行くの?


どうしよう、怖い……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る